武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

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三一、傲慢

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 風連に送り出された修太朗がまず目にしたのは、白地の壁全面に規則正しく描かれた魔法陣のようなものであった。床も白一色の石造りで統一されており、そこにもおそらくは魔法陣であろうか。五芒星のような模様を複雑に重ね合わせた線が一面を走り抜けており、修太朗が立っている足元だけが地面からほんの少し高くなっていて、小さな舞台のように思えた。
 さらに奥に目をやると、数名の人影と、その脇で倒れ込む数十名の人々が見えた。
 その人影はだんだんと大きくなっていきやがて修太朗の前に辿り着くと、着流し姿の修太朗を値踏みするかのように眺めていた。

「勇者殿、私はヤンゴート王国宰相を務めているタリンという。この度は我が国の勇者召喚に応えていただき礼を言うぞ」
 紺色を基調にした厚地の上着に勲章のような光るメダルをいくつもぶら下げ、細目で下腹が突き出した丸顔の男が何故か尊大に言ってのけた。
「……勇者召喚?」
 修太朗が意味も分からず呟くと、
「そうだ。我が国は隣国の悪魔どもと戦っているのだ。悪魔どもを蹴散らし根絶やしにするために、この度多大な犠牲を払って勇者召喚を行ったのだ」
 そう言って周りに倒れた人々を指差した。
「この者たちは我が国きっての最高位魔導士たちだ。この勇者召喚を行うために全身の魔力を消費しすでに息絶えておる。この部屋もひとかけらの魔力も漏らさぬように特別にあつらえたものだ。我が国の国家予算数年分はこの勇者召喚に使ったのだぞ。感謝しろ」
 そう言うと、隣りに立っていた護衛のような大男が修太朗に首輪を渡してくる。
「その首輪は一時的にではあるが力を抑える効果がある。これから王に謁見してもらうが万が一のことがあっては困るのでな。つけてもらいたい」

 宰相の態度に嫌なものを感じたものの、警察官として要人護衛の経験もある修太朗は、王様に会わせるならしょうがないかと思い、素直に首輪をつけたが、その時銀獅子の腕輪が着流しの中で反応を示した。
「……銀獅子の腕輪が反応している。おそらくこの首輪には精神攻撃に類する何かが仕込まれているのだろうな」
 内心でそう思いながら平静を装って、まずは王様とやらに会い事情を確認してから、風連が告げた「アクス」という街に行ってみるかと思った。
 修太朗がいた部屋は離れのようなところにあったらしい。長く続く屋根付きの渡り廊下を歩くと鉄製の門が見えてきた。
「宰相閣下のお通りである、開門」
 そう声がかかると、その門は数人がかりで押し開かれ、その中央を通り抜けた。
 そこからは数人が並んで通れるほどの幅に通路が作られており、その通路を曲がると、よく磨かれた石造りの壁面に彫刻が施され、天井にはステンドグラス風の透過窓がところどころにあり、床は大理石調のものに変わった。
 そのまま誘導に従い進むと、今度は金銀に豪奢な装飾が施されている木製の大扉が現れる。その大扉は修太朗たちが正面に進むと音もなく左右に開いた。

 その扉の向こうには大勢の正装をした人々が整然と列をなしており、さらに壁際には鉄製の鎧で武装した兵士たちが居並んでいた。中央の最奥には修太朗の目線ほどの高さに舞台が作られており、そこに王冠を被った小男が不釣り合いに派手な椅子に腰かけていた。
「ヤンゴート王国国王、ムノー一六世陛下の御前である。控えよ」
 そう大きな声がすると、全員が一斉に跪いた。
 だが、修太朗はその声がした瞬間、またもや銀獅子の腕輪が反応したことから警戒して立ったままであった。
「……この無礼者っ、宰相、隷属の首輪はつけたのであろうな」
 王の横に立っている、派手なドレスを身につけた若い女がタリンに癇癪をおこした。
「王女様、確かにその獣には隷属の首輪をつけております。獣よ、控えよっ」
 タリンが焦ってそう言うと、またしても銀獅子の腕輪が反応した。

 修太朗は警察官という職種柄、上下関係が厳しい世界で仕事をしていた。大国の大統領や欧州の首相たち、皇室の方々などの要人護衛も何度も行ったが、どの要人の方々も職務に専念する修太朗たちに労いの言葉をかけてくれたものだ。いきなり初対面の人間に跪くことを強要することなどありえなかった。そもそもしづかや風蓮といった大神ですら跪けなどとは言わなかった。
 それに、隷属の首輪とはどういうことなのか。勇者と言ったかと思えば今度は獣呼ばわりされ、さらには精神攻撃も受けている。銀獅子の腕輪がなければどうなっていたのか……
 ここに至って修太朗は、自分が人を超えた現人神であることを思い出した。
「傲慢には傲慢で返すか……」
 そう呟くと、修太朗は、腕を組み斜に構えると、
「ムノーと言ったな」
 と、ヤンゴート王国の国王ムノー一六世を睨んだのである。

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