武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

文字の大きさ
上 下
7 / 73

七、黒滅刀

しおりを挟む
 いつも通りすっきりとした目覚めだった。いつもと違うのは後頭部に感じる柔らかな感触が無くなっていることだった。代わりに胸の辺りが暖かい。身体を起こそうとすると、ユリを腕枕して寝ていたことに気付き少々慌ててしまった。
「お目覚めですか?」
そう悪戯っぽく声を掛けられる。何だか、やたらと心臓が早く動いているように思った。
ひなたがまだすやすやと寝息を立てていることを確認し、意味なくほっとしていると、
「今日は私が少々甘えさせて頂きました。お出掛け前に少しまじないをさせて下さいな」
 そう言うとユリは立ち上がり朝食の支度をはじめた。
 いつも通り二人で食事をして、ひなたの授乳が終わるのを待ってから出かけることにする。玄関先まで出向くと一歩外に出てから立ち止まるように言われた。
 右肩に軽く触れられる感触がした後に「かちかち」と弾くような音が背後から聞こえてくる。
「いってらっしゃいませ」
 そう言うと火打石を持ったユリは、品よく美しい日本髪に結われた頭を下げて見送ってくれた。
 
 少し歩いていつも通りの場所に赴くと師匠が現れ、一振りの刀を渡してきた。
 その刀は一般の太刀よりもかなり長く、鞘の大きさからしても相当に太いことが分かった。抜いてみるように言われて刀を鞘から抜きはらう。長く、こぶしよりも幅広い刀身は黒光りをし、刃紋は月光が黒雲に迸るかのように煌めいていた。
黒滅刀こくめつとうという。その刀で斬られたものは存在を斬られたことになる。つまりは消滅するということだな。相手が誰であっても同じだ。神であろうと、龍であろうと、怨霊のように実体がないものでもその刀で斬られたら存在を斬られてしまう。気を付けて扱え」
「……師匠、これって貴重なものではないのですか?」
「貴重に決まっているだろう。黄泉比良坂の輪廻の源泉たる黒王石を気が遠くなるほどの年月を掛けて神気にて浄化し、精製してから、鍛冶の神である天目一箇神あめのまひとつのかみ様が手ずから打ったと伝えられる神刀だ」

 その説明に驚き、
「……流石にそんな貴重な神刀を畏れ多くて扱えません」
そう言って師匠に返そうとすると、
「その刀の元の持ち主はユリ殿だ」そう告げられた。
「ユリ殿は元々武芸達者な女傑であられた。数々の武勲を立てられ、女剣神として祀られておられた。それぐらいは知っているだろう」
 初めてユリと会った時の神速の踏み込みと剣技を思い返しながら、
「落ち武者や盗賊から村を守って祠に祀られたと聞いています……」
「それだけではないがな……。ユリ殿が語らぬのならこれ以上は言うまい。ただ、その刀はお主に使って欲しいとのことだ」
「いや、しかし……」
「もっとも、その刀を十全に扱えなければそなたの願いはかなわぬだろう。それに、ひなたという御霊の守人でないとその神刀を鞘から抜くことはできん。今ためらいなく鞘からそなたが抜き払えたのが刀を扱う資格があることを示している」
「…………」
「……その刀を使うか、それとも現生に帰るかしかないがどうする?」

 何故か頬を熱いものが伝ってくる。胸の奥から張り裂けそうな思いが脳髄を突き抜けるとともに、
「ありがたく頂戴します……」
 そう叫ぶように答えていた。
 黒滅刀は神刀の名に恥じることない恐ろしく高性能な刀であった。いくら硬いものを切っても絶対に欠けず、決して汚れることもない。ありとあらゆる存在を斬るだけではなく、決して持ち主から離れることがない。ひとたび持ち主が刀を意識すれば魂の奥底を通じて持ち主の手に顕現する。
「ただ、存在を斬れるとはいえ、どれだけ深く切れるかは持ち主の技量と霊性に左右される」
とのことであった。
「では、まずは試し斬りといこうか。あの岩に斬りつけてみろ」

 師匠が指さす三階建ての家とほぼ同じくらいの大岩に正対する。普通は刀で岩など斬り付ければ間違いなく刃毀れするだろう。おまけに馬鹿でかい。だが、自分の中では何故か確実に真っ二つに斬れる気がしていた。
腹に息を軽くため、集中する。やがて岩肌に刀を走らせるべき道筋が浮かび上がる。その道筋に吸い込まれそうになった瞬間、裂ぱくの気合とともに一気に黒滅刀を振りぬいた。

 ただ、斬れた、とだけ感じた。
「見事だな」
 師匠が褒めてくれる。師匠が手で大岩を押すとその大岩は真っ二つに割れ、元から何も存在しなかったかのように一瞬で消え失せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。 果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...