武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

文字の大きさ
上 下
4 / 73

四、守人

しおりを挟む
 しめ縄をくぐると、肌を刺すような厳しい感覚と身体を包み込むやわらかな感覚とがないまぜになって自分を包み込む。白亜の空間に豊かな緑が敷き詰められ、太陽も月も無いのに空は明るく青色に輝いている。修太朗が啞然としていると宙から一人の少女が忽然と現れた。

「どうしてここに?」
 鈴が鳴るような澄んだ声でその声の主はユリに問いかける。
「しづか姉様、我が子を助けに参りたいと思います」
「我が子とは……。子孫のことであるか」
「はい、我が子孫を助けて、私の悲願をなすためでもあります」
「もはや残滓ですらないそなたが悲願を達すればどうなるかは知っているであろう?」
「それでもなお達したいと思います」

 その短い会話を聴き、修太朗はユリがユキの祖先であると確信した。祖先が子孫の不運を知り、手を差し伸べてくれたのだと。
「その子は子孫であり、その男は縁者であるな」
「はい。わが子孫に違いなく、縁者にも違いありません」
「ではその男は如何するのだ?」
「わが子孫の守人として同行させたいと思います」
「あの世で守人たらんとすれば、武力が必要であろう。修羅となり幾多の戦塵を潜り抜けねばそなたが達することはかなうまい。やめておきなさい」
 そう言い放つとしづかは踵を返そうとした。
「姉様、神別の勾玉を使います……お許しを……」
その声を聴き……しづかは足を止めた。
 
 修太朗はしづかと向き合っていた。
「人は何のために生まれてくるのか、そんなものはわからない。ただ、父母のもとに生まれて、育ち、あがいて生きて、そして死ぬ。死ねば黄泉へと渡海し、この世の滓を払い、またそぞろ何らかの形を創る。永遠に繰り返されるその営みは神とて触れぬ習いにして真理であるよ」
 そういうとユリの姉しづかは悲しげに目を細めた。

「でも、納得できないのです。ではなぜユキが成仏せず別の世にいるのか。黄泉へ渡り別の形になっていたり、生まれ変わっているのなら諦めもできますが……。せめて別の世で幸せに過ごしているとでも言ってもらえたらそれで済んだのかもしれません」
 しづかは、ひなたをあやして幸せそうにしているユリを恨めし気に見やるとひとつため息をついた。
「そなたの言う成仏とやらが、結局のところ生前の善い行いをもって死後幸せな世界に旅立ち、安穏に静謐の中で暮らすことであるなら、そなたの妻は違うであろうな……。むしろ修羅に近い行いがなされる世にあろう。ユリも残滓とはいえ一柱ならん存在……。そなたの問いに噓をつくことは出来ぬ故にそなたはここにきたのであるな……」
「だが、修太朗よ。確かに成仏とやらはしておらぬが、間違いなくユキは別の世に存在はしておる。それで満足は出来ぬのか」
「せめて……。ひなたを抱かせてやりたいと思います……。」

 震える声で修太朗が語ると、きゃっきゃと笑うひなたを見て、しづかはため息をついた。
「我が愛しき妹が残滓となりつつ悲願を叶うために神別の勾玉を使おうとするとは……。修太朗よ、生半可な想いでは守人たることはかなわんぞ。心して修行することよ」
 そう言い残すとしづかは宙へと消えていった。

「どうやら姉様、諦めてくれたようですね」
「みたいだね……。ねぇ、ユリさんってユキのご先祖様なんだよね」
「ユリでいいですよ。さん付けしなくても構いません。それに、ご先祖様かどうかというと微妙かもしれませんが、ひなたは確実に私の子孫ですよ」
「微妙って……。ユリがユキのご先祖様じゃなければひなたが子孫というのは矛盾するし、かと言って他に考えられることもないし……」
「理屈っぽい男はもてませんよ。今は色々思うでしょうけど、そこは置いておきなさい。修太朗さんはこれから守人として修業しないといけませんからね」
「その守人とは何?」
「姉様の言うように、普通は人には何の役割もなく、輪廻転生の輪の中でぐるぐると永遠に生命を紡ぎ続けるものです。だけど時折何らかの理由で役割を与えられた存在が生まれてきます。その役割を持った存在を御霊と呼ぶの。その御霊を害されたら役割が果たせないことになる……。御霊を守るために存在する守護者が守人という存在ですね」
「ということは、ひなたは何らかの役割を持った御霊になるんだね」
「察しがいいですね。ひなたは担うべき役割があって生まれてきたのです。だから親のあなたも当然に守人なの。ユキさんは離れてはいますが、ひなたに対して守人であるということは変わりありません。修太朗さんがユキさんと同じ世界で守人となれるなら会ってひなたを彼女に抱かせてあげることができますね」

 そう微笑んで語りかけるユリの中にユキの面影が見えたような気がした。もう一度ユキに会える、会ってひなたを抱かせてやれる……。胸の奥からこみ上げてくる何かに身を任せ、もう何も考えず信じて、修行とやらをしてやろうと修太朗はあらためて決意した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。 果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...