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エピソード3
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「なんて非道い有り様だ」
龍人の騎士はそう呟いた。彼が目の当たりにした光景はこの世のものとは思えない代物だった。
無数に転がる鬼の屍。無秩序に散らかった鮮血。その場で命を持っているのは、血に塗れた草花だけだった。
この現場を発見した商人の証言によると、この光景を作り出したのはたった二人の人間だという。それがとても疑わしかった。人間とはこうも残酷になれるものなのか。亜人の身である騎士からしてみれば、にわかに信じられなかった。非力な身体しか持たないはずの種族がこれだけの亜人を虐殺できるのか。
騎士は悔しかった。殺された鬼達は盗賊団だった。その悪行には頭を悩ませられた。だが盗賊とはいえ、同胞が殺されたことは事実。それをこうも無残に殺されたとあっては、騎士の矜持に関わる問題だった。このような有り様を見過ごしていいはずがない。
だが、それでいて、騎士は何よりも恐怖を感じた。もし自分がかの人間二人を相手取った時、果たして彼らを討ち取ることができるのか。そもそも、まともに対峙することが叶うのか。相手は亜人相手に一歩も引かず、それどころか嬉々として虐殺を行うような生物だ。騎士がそれまで全く相対したことのない相手。未知なる敵に、自分はどこまで抗うことができるのか。
いいや、無駄に考えるのはよそう。誰が相手であろうと、彼らが悪であるならば己が剣で立ち向かうのみ。
騎士は戦場跡を探索する。そして、ソレを発見した。
幾匹もの小鬼が輪を囲んで地に伏せた場所の、その中心。そこには十字架が建てられていた。
「なんだ、これは……」
騎士は絶句した。目前の十字架に架けられたモノ。それは左目に傷の付いた鬼だった。両掌に釘が打たれて、胴体は縄で括られていた。全身は傷だらけで、胸の部分には刃物で貫かれた痕がある。
なんとも痛々しい姿。しかし、そこにはある種の神々しさも感じ取れた。それは弟子の裏切りによって迫害を受けて、磔にされて死を迎えたかのお方と同様の死に様。その後、復活という奇跡を成し遂げた神にも等しいそのお方を想起させる。
これも件の人間が行ったことなのか。一体何のために。騎士の疑問はすぐさま払拭された。なんとも明快で、なんと残酷なことか。
この十字架は神に対する信仰の現れである。自ら命を奪った者の魂を天へ送り届けるために十字架を象った。それは神への崇拝から為せる行動といえよう。
だが、それは同時に死体を弄んだことでもある。例え神への信仰心があったにせよ、これでは死者を冒涜していることに他ならない。このような行いを断じて許すわけにはいかない。
騎士は怒りを覚えた。もはやこれを為した者は人間ではない。悪逆の道へ堕ちた畜生だ。我ら亜人の命を弄ぶ絶対悪だ。斬らねばならない。なんとしても地獄へ葬らねばならない。
騎士は戦場跡を去る。一刻も早く城へ帰還して、この状況を報告しなければ。湧き上がる怒りに体は震えていた。それは彼にとっての正義の心の在り様を示していた。
◇
とある町に、盗賊団壊滅の情報が流れた。それを聞いた人々は大いに喜んだ。これで脅威は去った。ようやく平和な日常が送れる。
また、盗賊団を殲滅したのが自分達と同じ人間だということも知った。そのうちの一人は女性だという。その話を聞いた町の少女は、
「聖女さまだわ。悪しき亜人どもを成敗してくださるかのお方は、間違いなく救世主なのよ!」
と喜んだ。それは他の町民も同様の考えだった。彼らにとって、亜人という脅威を退けてくれた者は救世主に見えた。その裏でどれだけ残酷な振る舞いが為されたとしても、町の人々は見向きもしないだろう。人間が亜人を倒した。その事実だけあれば、後はどうでもよかった。自分達の平和を保証してくれる英雄のごとき存在が誕生したこと。それが彼らにとっての唯一の救いとなり得る。
かの救世主だけでなく、町の人々もまた、亜人を憎む心を抱いていたのだ。
救世主の話を聞いて、憧れを抱く者も現れるだろう。そうすれば、新たに亜人と戦う者が生まれる。そして、新たな争いも同様に生まれ得る。
人間と亜人。両者の溝は一層深まるばかり。争いも一層激化することだろう。その先に、果たして平和は実現されるのだろうか。それを考える者は、少なくともこの時代においては誰もいなかった。
◇
英雄の凱旋を終えて、廃墟と化した城に再び夜が訪れた。その中の寝室で、二人はベッドの上にいた。レヴィは上半身を起こしたまま、何かに耐えるように身悶えしている。一方のルチアは、レヴィの腹より下の方で蹲っては、懸命に動作している。舐る音に、喘ぐ声。それはしばらく続き、果てた頃にはレヴィは脱力感に襲われた。ルチアは喉を鳴らすと、妖艶な笑みを浮かべる。
「今日は一段とレヴィに頑張ってもらったからね。ご褒美はまだまだこれからよ」
「限りない温情に、恐縮の極みでございます。何と申せばいいのやら……」
「何も言う必要はないわ。ただ、快楽に身を委ねるだけでいいの。今夜は私のテクニックが炸裂するわ」
そう言って、ルチアはレヴィに口づけを交わす。海へ潜るように、深く長く。離れた唇から糸が引いて出る。
「愛してるわ、レヴィ」
「私も愛しております、ルチア様」
互いの視線がぶつかる。火花が散りそうなほど、熱く激しく。それから二人は抱擁を交わす。夜はまだ終わりを知らなかった。
龍人の騎士はそう呟いた。彼が目の当たりにした光景はこの世のものとは思えない代物だった。
無数に転がる鬼の屍。無秩序に散らかった鮮血。その場で命を持っているのは、血に塗れた草花だけだった。
この現場を発見した商人の証言によると、この光景を作り出したのはたった二人の人間だという。それがとても疑わしかった。人間とはこうも残酷になれるものなのか。亜人の身である騎士からしてみれば、にわかに信じられなかった。非力な身体しか持たないはずの種族がこれだけの亜人を虐殺できるのか。
騎士は悔しかった。殺された鬼達は盗賊団だった。その悪行には頭を悩ませられた。だが盗賊とはいえ、同胞が殺されたことは事実。それをこうも無残に殺されたとあっては、騎士の矜持に関わる問題だった。このような有り様を見過ごしていいはずがない。
だが、それでいて、騎士は何よりも恐怖を感じた。もし自分がかの人間二人を相手取った時、果たして彼らを討ち取ることができるのか。そもそも、まともに対峙することが叶うのか。相手は亜人相手に一歩も引かず、それどころか嬉々として虐殺を行うような生物だ。騎士がそれまで全く相対したことのない相手。未知なる敵に、自分はどこまで抗うことができるのか。
いいや、無駄に考えるのはよそう。誰が相手であろうと、彼らが悪であるならば己が剣で立ち向かうのみ。
騎士は戦場跡を探索する。そして、ソレを発見した。
幾匹もの小鬼が輪を囲んで地に伏せた場所の、その中心。そこには十字架が建てられていた。
「なんだ、これは……」
騎士は絶句した。目前の十字架に架けられたモノ。それは左目に傷の付いた鬼だった。両掌に釘が打たれて、胴体は縄で括られていた。全身は傷だらけで、胸の部分には刃物で貫かれた痕がある。
なんとも痛々しい姿。しかし、そこにはある種の神々しさも感じ取れた。それは弟子の裏切りによって迫害を受けて、磔にされて死を迎えたかのお方と同様の死に様。その後、復活という奇跡を成し遂げた神にも等しいそのお方を想起させる。
これも件の人間が行ったことなのか。一体何のために。騎士の疑問はすぐさま払拭された。なんとも明快で、なんと残酷なことか。
この十字架は神に対する信仰の現れである。自ら命を奪った者の魂を天へ送り届けるために十字架を象った。それは神への崇拝から為せる行動といえよう。
だが、それは同時に死体を弄んだことでもある。例え神への信仰心があったにせよ、これでは死者を冒涜していることに他ならない。このような行いを断じて許すわけにはいかない。
騎士は怒りを覚えた。もはやこれを為した者は人間ではない。悪逆の道へ堕ちた畜生だ。我ら亜人の命を弄ぶ絶対悪だ。斬らねばならない。なんとしても地獄へ葬らねばならない。
騎士は戦場跡を去る。一刻も早く城へ帰還して、この状況を報告しなければ。湧き上がる怒りに体は震えていた。それは彼にとっての正義の心の在り様を示していた。
◇
とある町に、盗賊団壊滅の情報が流れた。それを聞いた人々は大いに喜んだ。これで脅威は去った。ようやく平和な日常が送れる。
また、盗賊団を殲滅したのが自分達と同じ人間だということも知った。そのうちの一人は女性だという。その話を聞いた町の少女は、
「聖女さまだわ。悪しき亜人どもを成敗してくださるかのお方は、間違いなく救世主なのよ!」
と喜んだ。それは他の町民も同様の考えだった。彼らにとって、亜人という脅威を退けてくれた者は救世主に見えた。その裏でどれだけ残酷な振る舞いが為されたとしても、町の人々は見向きもしないだろう。人間が亜人を倒した。その事実だけあれば、後はどうでもよかった。自分達の平和を保証してくれる英雄のごとき存在が誕生したこと。それが彼らにとっての唯一の救いとなり得る。
かの救世主だけでなく、町の人々もまた、亜人を憎む心を抱いていたのだ。
救世主の話を聞いて、憧れを抱く者も現れるだろう。そうすれば、新たに亜人と戦う者が生まれる。そして、新たな争いも同様に生まれ得る。
人間と亜人。両者の溝は一層深まるばかり。争いも一層激化することだろう。その先に、果たして平和は実現されるのだろうか。それを考える者は、少なくともこの時代においては誰もいなかった。
◇
英雄の凱旋を終えて、廃墟と化した城に再び夜が訪れた。その中の寝室で、二人はベッドの上にいた。レヴィは上半身を起こしたまま、何かに耐えるように身悶えしている。一方のルチアは、レヴィの腹より下の方で蹲っては、懸命に動作している。舐る音に、喘ぐ声。それはしばらく続き、果てた頃にはレヴィは脱力感に襲われた。ルチアは喉を鳴らすと、妖艶な笑みを浮かべる。
「今日は一段とレヴィに頑張ってもらったからね。ご褒美はまだまだこれからよ」
「限りない温情に、恐縮の極みでございます。何と申せばいいのやら……」
「何も言う必要はないわ。ただ、快楽に身を委ねるだけでいいの。今夜は私のテクニックが炸裂するわ」
そう言って、ルチアはレヴィに口づけを交わす。海へ潜るように、深く長く。離れた唇から糸が引いて出る。
「愛してるわ、レヴィ」
「私も愛しております、ルチア様」
互いの視線がぶつかる。火花が散りそうなほど、熱く激しく。それから二人は抱擁を交わす。夜はまだ終わりを知らなかった。
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