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忘れられない目
しおりを挟む速足で近づいて肩を叩くと、振り返ったサトシはめんどくさそうに俺をみる。
「何?」
もう丁寧な言葉すら使う気にもならないらしい。
そのまま去ろうとするサトシの腕を掴んだ。
「暇になったから遊ぼ」
「前回会う前に――」
「約束の事? 覚えているし、わかったうえで誘ってる」
悪気がなさそうに笑って見せるとサトシは心底鬱陶しそうに俺を睨むが、その反応は覚悟していたから、そのまま腕を離さずに来た道を戻った。
この間も思ったが、サトシは痩せている。体つきを見る限り運動が出来るタイプでもなさそうだ。多分、俺が全力で握らなくても、サトシが俺の手を振りほどくのは無理だろう。それは本人もわかっているようで、僅かに抵抗はしたものの黙ってついてくる。
「付き合ってとか言うつもりはないけど、毎回そういう相手探すのもめんどくさいじゃん」
「別に」
「へぇ。まめだね」
「たまのことなんで」
「彼氏は作らないの?」
腕を引きながら盗み見るように後ろを振り返ると、サトシは僅かに目を泳がせた。
「めんどくさいからいらない」
好きな相手くらいはいるのかもしれないと、サトシの仕草から思ったが、俺は気がつかないふりをした。
「同じ、同じ。それに加えて俺は飽きっぽいから続かない。セフレだったら、まぁ、色々気にしなくても良いし楽だよな」
「へぇ。それで、いつまで連れまわす気ですか?」
心底どうでも良い。まるで興味がない。
相変わらずサトシはそんな態度を隠さない。俺は一度立ち止まってサトシを見た。
「何時まで空いてる?」
「すぐ帰ります。こう見えて忙しいんで」
「飲んでたくせに?」
「……じゃあ終電までには解放してください」
終電まで約二時間、そのまま一番近くにあるホテルに向かった。
性行為が始まってしまえばサトシは相変わらずで、快楽が深くなるほど、話しかけて中途半端に素面に引き戻されると戸惑うようだ。
「なぁ、サトシが相手探す時って、どういう時?」
急に腰を動かすのをやめて聞いてみると、自分と向き合う形で嬌声をこぼしていたサトシは俺の行動に動揺して、居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
前回同様、背を向けていたサトシを自分の方へ向かせたのは俺だ。行為の時くらいしか表情が変わらないから、もっと顔を見たかった。それだけだった。
「抱いて、欲しい時……」
息が整わないまま小さく低く呟くサトシを見て、俺は体勢を変えずに背を向たままにすれば良かったと後悔した。
いつも通り、素面に引き戻されたことに戸惑いながら愛想のない答えが返ってくると思っていたのに、予想外の反応が返ってきてしまったからだ。
「へぇ」
サトシが少し後ろに逸らしていた体を、そっと腕を引いて自分の元に抱き寄せると、キスをして頭を撫でた。
突然、なんて顔をするんだろう。
今だって人に抱かれているのに、抱かれたいと呟いたサトシの目はひどく悲しく沈んでいて、その言葉が『誰でもいいから抱かれたい』の意味とは違うのが明白だった。
今の顔を見られた事はサトシにとって不本意だろうから、何でもない事のように相槌を打った。
きっと俺はみないふりをするべきだ。自分達の関係でそれ以上踏み入れてはいけない。
わかってはいたが、気がつけばその体を抱き寄せていた。
サトシは行為が終わるとすぐに眠くなるようで、スマホを見ながらうとうと舟をこいでいる。その隙に開きっぱなしのスマホに自分の連絡先を登録した。
「いつでも呼んで」
「呼ぶわけない……」
翌朝起きて早々にその事を伝えると、当たり前だがサトシは怒った。忌々しそうにスマホ画面を睨んでいる機嫌の悪い姿をみて少しほっとした。
当たり前のようにサトシから連絡がくることはなかった。
いつも誘うのは自分からで、『やらなくてもいいから飲みに行こう』というと無言で電話が切れた。
しかしまた電話をかけて誘い続けると、最後はサトシが折れる。しつこさに弱いとわかってからは、なんだかんだで会ってくれるサトシに甘えてずっとこんな調子だった。最もホテルで会う以外の選択肢は全て断られたが。
自分のサトシへの接し方が、他の相手と違う自覚はあった。これ以上踏み込むことへの抵抗も無かったわけじゃない。最初は何回か会っていれば少しは自分にも興味を持ってくれるかと思ったが、そんな期待はすぐに消えた。回数を重ねてもサトシの態度は変わらずだった。
一回、いつのもの様に電話をならしたら、仕事の締め切り間近で寝不足だからいい加減にしてくれ、と電話越しに凄い剣幕で怒られた。流石にその時は電話を大人しく切ったが、それがきっかけで、とうとう番号を拒否されてしまった。
しかし数日後、スマホが壊れると、番号を一新してしまえばまたサトシと連絡が取れる、などと思ったこの頭を、重症だと自分でも呆れた。
正直、ここまで強引になっている理由は自分でもわからなかった。一向にこっちを見てくれるわけじゃないサトシの態度に憂鬱になって、もう連絡をとるのはやめようかと考えたこともあった。
しかしそのたびに、なぜかサトシのあの顔が頭によぎって、結局また電話をならしてしまった。
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