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少年篇
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しおりを挟む僕の一日は、朝の洗濯から始まる。大きな籠に我が家から出た汚れたすこしの布類を入れて、小川へ向かう。
「よお、坊主!今日も良く働くなぁ」
稲穂畑を抜ける途中で、パイプの匂いが鼻をつく。穂を見守るジョンおじさんだ。いつも僕に声をかけてくれる。今日も元気いっぱいに返事をする。
「おはよう、ジョンおじさん。家に洗うものがあればついでに僕が洗ってくるよ!」
笑顔であいさつをする僕に、ジョンおじさんはカラカラと笑いながら、汚れた服が入った籠を、元から持っている籠の上に重ねた。
「いつもありがとな、坊主。助かるよ。これは駄賃だ。取っとけ」
じゃら、と渡された小銭を革袋にしまう。ジョンおじさんにお礼を言いながら、小走りで歩を進める。そうやって、少し遠回りをしながら近所を周り、集まった洗濯物を川であらうのが毎日の日課だ。
小川の淵にある大きな石に腰を掛けて、持ってきた盥に水を掬う。まずは、自分の家の衣服から。と、言っても僕と母さん二人だけの洗濯ものはたった4枚。あっという間に洗い終わり、次の籠へと移る。水の澄んだ冷たさが気持ちがよい。汚れがお手製の石鹸の泡と共に流されていくのも気持がよい。ぱしゃぱしゃ、という音と共に、心も浄化される気分だ。
「おーい、クルト!」
木々の揺れる音と共に、気配が近づく。僕はすぐに立ち上がり、両手をぶんぶんと振って、居場所をアピールした。
「リオ―!!ここだよ、ここ!!」
「お、まーた今日も大量だな!よし、俺もやってやるから話に付き合えよ!」
どかっ、と隣に腰掛けにぃいと笑ったリオは、僕の唯一の友達で親友だ。もちろん!と元気に返事をして、僕もリオに笑いかける。「ありがとう」と言わないのは、あくまでもこれが、仕事の手伝いをする代わりに話を聞く、というギブ&テイクの関係を装しているからだ。僕にとっても、リオの話を聞くのは楽しいことなのだが、対等にこだわるリオらしい気遣いだ。
「その話とやらは、腫れた右頬と炭鉱に関係があるのか?」
「おっ、察しがいいな。さては俺の考察術がうつったな~?」
「そんなの、考察しなくてもわかるさ。作業着のまま、額に煤汚れまでつけて、炭鉱からまんま走ってきたのは猫にだってお見通しだ。」
そういって、洗濯の片手間に額を拭ってやれば、リオはたはは~、それもそうかぁ!とあっけらかんと笑う。
「もーね、ほんと嫌んなっちゃう話よ。前に炭鉱所の帳簿が書き換えられてるって話したじゃん?その犯人を俺が突き止めてやって、オヤジに報告したのによ、『子供が大人の世界に首突っ込むんじゃねぇ!』って殴られてよ。」
オヤジさんらしい、と俺は笑う。リオが働く炭鉱所はここから北の方角に見える禿山の麓にある。力自慢で情に厚い親方と数十人の大人、リオよりも小さな歳の子供数人で成り立っている。子供を雇うのは、小さな穴にダイナマイトを仕掛ける時、小柄な子供が役に立つからである。その中でも最年長のリオは、下の子の面倒を見つつもよく悪戯をしては叱られている。しかし、今回のことは、どうも悪戯関係ではないらしい。リオの頬を張り倒すぐらいだ。よっぽど触れられたくない部分なのだろう。
「どうせオヤジさんのことだ。犯人に同情しちまったんだろ?」
「そのとーり!その犯人ってのが、娘が病気で金が必要だってんで、やっちまったらしいことは俺の調べで分かってんだけどよ。でも、人を欺くことは悪いことだろ?」
リオの推理が正しいとして、そのことが明るみに出ればそいつのクビは免がれない。そ
の判断は、リオに隠匿しろ、大人に任せろということなのだろう。それは、子供の僕達からしたら狡くみえるけれど、リオに余計な責任を負わせないというやさしさでもある。
「僕は、真実が全て正しいわけじゃないと思っているぞ。」
「まーたそれかぁ~。絶対そんなことない。嘘の中の幸せなんて、本当の幸せじゃないじゃんか。正々堂々と、掴み取ってこその幸福だろ?」
「お前の真実は、時に人を傷つけるからなぁ~」
「あっ!お前、もしかしてまだニーナちゃんの事根に持ってんのか?悪かったっていってんだろ~」
「なっ!それはもういいって言っただろ!!その話はなしだ!」
「ニーナちゃんにお前がまだおねしょしてかーちゃんに怒られてるって言ったら相当ひいてたもんなーーーー、あれは悪いことした」
「だーかーら!その話はもういいって!!それにもうしてない!!!!」
だははははーと品のない笑いにつられて、思わず僕も吹きだす。洗い終わった洗濯物をそれぞれの籠に戻して、リオと一緒にその場に寝転ぶ。
「あーーー、空はこんなに広いのによぉ~」
この後に続く言葉は聞き飽きた言葉だ。青空をまっすぐ切るように飛ぶ鳥を見送りながら、世界に聲を解き放つ。
「「どうして俺たちはどこにもいけないんだろ」だろ?」
「わかってんねぇ~」
くすくす、笑う表情は先ほどとは別人の様に大人に見えて、僕は眉を顰める。僕たちを照らす太陽は高さを増すほど、影は大きくする。不安に胸が疼く。
「何もない日常にこそ、本当の幸せは潜んでいるもんだ。」
「なにそれ?」
がばっと立ち上がり、リオを見下ろす。きょとんと僕を見上げるリオに手を差し出す。
「僕はリオよりバカだから、難しいことは分からないけど。」
その手を掴み、立ち上がったリオと目線が絡む。
「お前の真実が、誰かを救う未来がいつかくる事は分かる。」
「…それ、慰めてんの?」
「いや、俺の中の真実さ!」
「根拠もないのによく言うよねぇ。…まぁ、たまには騙されてあげますよ。」
俺、クルトには弱いからなぁ~。なんて嬉しそうに笑うリオと別れて来た道を戻る。オヤジさんとリオはすぐに和解することだろう。いつもより少し遅くなってしまった。駆け足で家を周り、ロープに洗濯物を干し、自分の家へ戻った。
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