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受動的境界線 僕×俺
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受動的境界線
俺達は数え切れないほどの選択肢の中を生きている。
けれど本質的なものの決定権は持ち合わせていない。
性、能力、親、時代、場所。
それらは生まれ持ったものであり、選択権はない。
I was born.
産み落とされた。
何処までも受け身なそれは、何処までも不条理だ。
理不尽である運命でさえも受け入れるしかない。
変えることの出来ない人生も受け止めるしかない。
冬の冷たい風を浴びながら、俺は急な坂を下っていた。
すっかりと暗くなった空に、他の生徒の姿はない。
周りに樹木しかない路はいつまで経っても慣れること無く不気味である。
そんな闇を裂くように聞き慣れた馬鹿聲が近付いた。
「もう、酷いよ置いて行くなんてさっ」
なんて、ふわふわと文句を垂れながらも隣を陣取る。
走ったのか髪が少し崩れていた。
「教室に漫画を忘れたお前が悪い」
本当は待っててやっても良かったが、男同士でそんなの寒いだろ。
それに生憎俺はそこまで心優しくねぇんだよ。
心中で言い訳をしながらも、それを口にする気は毛頭ない。
いくぞ、と歩みを進める俺の手に温かい物が触れる。
それがやつの手だと気付いたのは力強く握られてからだった。
直ぐに振り払おうとするが、意外と強く込められた力に離すことが出来なかった。
「誰も居ないし、たまには良いでしょ」
悪戯を成功させた子供みたいな笑顔を浮かべ、手を引き前を進む後ろ姿。
「しょうがねぇな」
そういって背ける顔はきっとこいつに負けじと赤く染まっている。
この手の温度に安堵している自分に少し呆れた。
「I was born」
隣で小さく呟いた。
風に吹かれれば消えてしまいそうなその聲は、俺の鼓膜を揺らした。
気付かれないよう、横目で確認をする。
生まれたての子供みたいな瞳で真っ直ぐ前を見据えていた。
その輝きは遠い昔に俺が置いてきてしまったものその物で。
暗闇に沈む世界の中でもその瞳は光を喪わない。
「今日、ライティングの先生が言ってたんだ」
生まれるって言うのは受動態なんだって。
その姿が母親に学校の事を報告する子供のようで心の中で少しだけ笑う。
同じクラスなんだから当然俺も聞いていたのだが。
そんなこと、お構い無しだ。
「へぇ」
俺の声は重力に負けて地へと堕ちる。
お前が授業の内容覚えてるなんて珍しいじゃねぇか。
喉まで出掛かったその台詞はついに世界へ生まれることは無かった。
ほの暗い闇の中に、俺の言葉を融かすのは憚れる気がした。
息遣いが聴こえるほど耳を澄まし、次の聲を待った。
街から外れたこの坂は何処までも静かだった。
まるで世界に二人だけみたいだと眼だけで空を仰ぐ。
それにつられ、天を覗いた。
冬の空は遠く果てしなく広く見えた。
幾ばくもなく、彼は再び口を開いた。
「僕達は与えられたんだね」
この時代、この場所、この世界に僕としての命を。
その聲は広い宇宙に滲んで消えた。
それを、まるで素晴らしい事の様に囁くから、俺は少し気分が悪くなる。
与えられたと言ったって、それはとても理不尽で一方的だ。
そこに在るのは与えたものの自己満足とエゴだけだ。
そんなことを考えている俺に構うこと無く、キラキラした笑顔で前を見ていた。
どうしてコイツはこんな笑顔で居られるんだ。
その無邪気さは何処から来るのか。
そしてこの無邪気さと無垢こそが、俺の欲しかった物なのだ。
手を繋げるほど近くに居るのにその思いの距離は果てしない。
ゆっくりと手を離された。
いつの間にか握り返していた俺の手もそれにあわせ力を無くす。
温度が放れていく名残惜しさを否定するように強く空の手を握った。
二、三歩進んでから名前を呼ばれ引き留められる。
振り替えれば優しく微笑む視線。
そんな俺に彼は話し続ける。
「僕はね、この与えられた命に感謝しているんだ」
真っ直ぐと俺の耳に入る聲。
強い瞳が俺を射ぬく。
「この時代、この場所、この世界に僕としての命を与えられていなかったら僕は君と出会えなかったから」
数えきれぬ偶然の上に成り立つ今に感謝している。
I was born.
俺達は産み落とされた。
I was born.
僕達は与えられた。
小さな解釈の違いが大きな心の溝を埋める。
I was born.
俺はこの幸せを与えられた。
俺達は数え切れないほどの選択肢の中を生きている。
けれど本質的なものの決定権は持ち合わせていない。
性、能力、親、時代、場所。
それらは生まれ持ったものであり、選択権はない。
I was born.
産み落とされた。
何処までも受け身なそれは、何処までも不条理だ。
理不尽である運命でさえも受け入れるしかない。
変えることの出来ない人生も受け止めるしかない。
冬の冷たい風を浴びながら、俺は急な坂を下っていた。
すっかりと暗くなった空に、他の生徒の姿はない。
周りに樹木しかない路はいつまで経っても慣れること無く不気味である。
そんな闇を裂くように聞き慣れた馬鹿聲が近付いた。
「もう、酷いよ置いて行くなんてさっ」
なんて、ふわふわと文句を垂れながらも隣を陣取る。
走ったのか髪が少し崩れていた。
「教室に漫画を忘れたお前が悪い」
本当は待っててやっても良かったが、男同士でそんなの寒いだろ。
それに生憎俺はそこまで心優しくねぇんだよ。
心中で言い訳をしながらも、それを口にする気は毛頭ない。
いくぞ、と歩みを進める俺の手に温かい物が触れる。
それがやつの手だと気付いたのは力強く握られてからだった。
直ぐに振り払おうとするが、意外と強く込められた力に離すことが出来なかった。
「誰も居ないし、たまには良いでしょ」
悪戯を成功させた子供みたいな笑顔を浮かべ、手を引き前を進む後ろ姿。
「しょうがねぇな」
そういって背ける顔はきっとこいつに負けじと赤く染まっている。
この手の温度に安堵している自分に少し呆れた。
「I was born」
隣で小さく呟いた。
風に吹かれれば消えてしまいそうなその聲は、俺の鼓膜を揺らした。
気付かれないよう、横目で確認をする。
生まれたての子供みたいな瞳で真っ直ぐ前を見据えていた。
その輝きは遠い昔に俺が置いてきてしまったものその物で。
暗闇に沈む世界の中でもその瞳は光を喪わない。
「今日、ライティングの先生が言ってたんだ」
生まれるって言うのは受動態なんだって。
その姿が母親に学校の事を報告する子供のようで心の中で少しだけ笑う。
同じクラスなんだから当然俺も聞いていたのだが。
そんなこと、お構い無しだ。
「へぇ」
俺の声は重力に負けて地へと堕ちる。
お前が授業の内容覚えてるなんて珍しいじゃねぇか。
喉まで出掛かったその台詞はついに世界へ生まれることは無かった。
ほの暗い闇の中に、俺の言葉を融かすのは憚れる気がした。
息遣いが聴こえるほど耳を澄まし、次の聲を待った。
街から外れたこの坂は何処までも静かだった。
まるで世界に二人だけみたいだと眼だけで空を仰ぐ。
それにつられ、天を覗いた。
冬の空は遠く果てしなく広く見えた。
幾ばくもなく、彼は再び口を開いた。
「僕達は与えられたんだね」
この時代、この場所、この世界に僕としての命を。
その聲は広い宇宙に滲んで消えた。
それを、まるで素晴らしい事の様に囁くから、俺は少し気分が悪くなる。
与えられたと言ったって、それはとても理不尽で一方的だ。
そこに在るのは与えたものの自己満足とエゴだけだ。
そんなことを考えている俺に構うこと無く、キラキラした笑顔で前を見ていた。
どうしてコイツはこんな笑顔で居られるんだ。
その無邪気さは何処から来るのか。
そしてこの無邪気さと無垢こそが、俺の欲しかった物なのだ。
手を繋げるほど近くに居るのにその思いの距離は果てしない。
ゆっくりと手を離された。
いつの間にか握り返していた俺の手もそれにあわせ力を無くす。
温度が放れていく名残惜しさを否定するように強く空の手を握った。
二、三歩進んでから名前を呼ばれ引き留められる。
振り替えれば優しく微笑む視線。
そんな俺に彼は話し続ける。
「僕はね、この与えられた命に感謝しているんだ」
真っ直ぐと俺の耳に入る聲。
強い瞳が俺を射ぬく。
「この時代、この場所、この世界に僕としての命を与えられていなかったら僕は君と出会えなかったから」
数えきれぬ偶然の上に成り立つ今に感謝している。
I was born.
俺達は産み落とされた。
I was born.
僕達は与えられた。
小さな解釈の違いが大きな心の溝を埋める。
I was born.
俺はこの幸せを与えられた。
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