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プロローグ4
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女の人、というには語弊があったかもしれない。
倒れていたのは聡里と年齢のそう変わらない、若い娘さんだったからだ。
だが、俺が驚いたのはそんなことではなかった。
『――! ――!?』
その娘さんはよくわからない異国の言葉でなにかつぶやくと、立ち上がって俺と周囲を見渡した。
『――! ――!?』
どうやら誰かを探しているらしい、誰かに呼び掛けているらしいことはわかるのだが、聞いたことも発音することも難しい、妙な言葉だった。
かろうじてわかるのは、『マぁ』だの『ヴぁ』だのという響きと、繰り返していることからそれが誰かの名前であるらしいこと?
「あの、すみませんぶつかっちゃって。それとその恰好は――」
俺が彼女に話しかけると、彼女ははたと俺の方を見た。
目が合う。そして次に自分の姿を確認する。
その瞳が潤み、顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
あ、もしかして日本語わかるんですか?
どちらかというとさっきまで威風堂々としていた娘さんの様子が、年相応の女の子のようにモジモジとし出した。
いや、そりゃそうでしょうよ。何かの罰ゲームですか、その恰好は?
時間的に考えたら、飲み会の打ち上げでコスプレして、そのまま寝過ごして気がついたらここにいた、という状況だろうか。
髪は発光色のようなピンク。目の色は赤。肌の色は褐色で、発育の良い肉体を惜しげもなく晒す赤い衣装は――良く言えば水着。悪く言えば痴女か女王様のようだった。
こんな格好でこんな時間にまで徘徊していたら、きっと親御さんが心配していることだろう。
俺はもし仮に妹の聡里がこんな格好で今この場所にいたとしたらと思うと、ちょっとゾッとしてしまった。
まあなんにせよ、怪我がなさそうでよかった。あとは駅員さんに事情を話せば、きっとなんとかしてくれるだろう。
俺は何とか彼女とコミュニケーションを取ろうと話しかけようとすると、彼女は急に何かを見留めたかのように電車の中を食い入るように見つめた。
そして、ダッシュで駆け込む。
いや、ちょっと?
その恰好で今電車に乗り込むのは、まずくないですか?
俺は老婆心から彼女の後を追いかけた。
『まもなく電車が発車します。閉まるドアにご注意ください』
電車のアナウンスが、無慈悲に彼女の運命を閉じた。
――十数分後。
言わんこっちゃない。
案の定、満員電車の中で、娘さんは身動きが取れずにいた。
俺は慣れたもんで人通りの少ない場所に避難しているが、彼女は慣れていないのか一番人の通りの多い場所におり新しい駅に着くたびに揉みくちゃにされていた。
俺から見て丸わかりなんだが、入れ替わりにやってくる彼女の周囲の男たちの顔は終始、明らかに緩んでいた。
まあ、男として気持ちはわからんでもないが……。
彼女の表情を見ると、いたたまれなくなる。
それがどうしても、聡里の奴と被るのだ。
だから俺はその時が来ると、計画を実行した。
「あ、すいません、おりまーす!!」
俺がすぐ降りられる側ではなく、反対側のドアが開いたとき、俺は腹から声を上げて力いっぱい人の波をかき分けた。
悪いな、ちょっと邪魔させてもらうぜ、おっさんたち。
ついでに娘さんの手をひっつかむと、俺は自分の言葉とは裏腹に、最後尾の女性専用車両に飛び乗った。
お姉さま方の視線が痛い。
だが何人かの人は事情を察してくれたのか、相方の娘さんの方を見て同情のような視線を送ってくれている――ように思えた。
さて、どうしたものか。
日本語はたぶん通じるみたいだが、俺が彼女の言葉を理解できない。
だがまあ、いうだけ言ってみるか。
「この車両には、女性しかいません。あなたがどこへ行くのかはわかりませんが、俺は途中で降りなくてはなりません。もしなにか困ったら、各駅の駅員を頼ってください」
かなりゆっくり言ってみたが、これで通じただろうか。
娘さんは俺を見上げると、うなずいた。
よかった、通じたみたいだ。
だが女性ばかりの中に俺一人がいるのはどうにも居心地が悪いので、俺は娘さんにあいさつすると別の車両に移動しようとした。
――ぎゅっ。
その手が、小さな手によって引き留められる。
いや、そんなことされたら。
移動できないじゃないか。
俺はどうしたらいいか分からずに、つい習慣でスマホを取り出していた。
さっきのゲームが、まだつけっぱなしだった。
『キャラクター作成が完了しました。これよりゲームを開始いたします』
倒れていたのは聡里と年齢のそう変わらない、若い娘さんだったからだ。
だが、俺が驚いたのはそんなことではなかった。
『――! ――!?』
その娘さんはよくわからない異国の言葉でなにかつぶやくと、立ち上がって俺と周囲を見渡した。
『――! ――!?』
どうやら誰かを探しているらしい、誰かに呼び掛けているらしいことはわかるのだが、聞いたことも発音することも難しい、妙な言葉だった。
かろうじてわかるのは、『マぁ』だの『ヴぁ』だのという響きと、繰り返していることからそれが誰かの名前であるらしいこと?
「あの、すみませんぶつかっちゃって。それとその恰好は――」
俺が彼女に話しかけると、彼女ははたと俺の方を見た。
目が合う。そして次に自分の姿を確認する。
その瞳が潤み、顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
あ、もしかして日本語わかるんですか?
どちらかというとさっきまで威風堂々としていた娘さんの様子が、年相応の女の子のようにモジモジとし出した。
いや、そりゃそうでしょうよ。何かの罰ゲームですか、その恰好は?
時間的に考えたら、飲み会の打ち上げでコスプレして、そのまま寝過ごして気がついたらここにいた、という状況だろうか。
髪は発光色のようなピンク。目の色は赤。肌の色は褐色で、発育の良い肉体を惜しげもなく晒す赤い衣装は――良く言えば水着。悪く言えば痴女か女王様のようだった。
こんな格好でこんな時間にまで徘徊していたら、きっと親御さんが心配していることだろう。
俺はもし仮に妹の聡里がこんな格好で今この場所にいたとしたらと思うと、ちょっとゾッとしてしまった。
まあなんにせよ、怪我がなさそうでよかった。あとは駅員さんに事情を話せば、きっとなんとかしてくれるだろう。
俺は何とか彼女とコミュニケーションを取ろうと話しかけようとすると、彼女は急に何かを見留めたかのように電車の中を食い入るように見つめた。
そして、ダッシュで駆け込む。
いや、ちょっと?
その恰好で今電車に乗り込むのは、まずくないですか?
俺は老婆心から彼女の後を追いかけた。
『まもなく電車が発車します。閉まるドアにご注意ください』
電車のアナウンスが、無慈悲に彼女の運命を閉じた。
――十数分後。
言わんこっちゃない。
案の定、満員電車の中で、娘さんは身動きが取れずにいた。
俺は慣れたもんで人通りの少ない場所に避難しているが、彼女は慣れていないのか一番人の通りの多い場所におり新しい駅に着くたびに揉みくちゃにされていた。
俺から見て丸わかりなんだが、入れ替わりにやってくる彼女の周囲の男たちの顔は終始、明らかに緩んでいた。
まあ、男として気持ちはわからんでもないが……。
彼女の表情を見ると、いたたまれなくなる。
それがどうしても、聡里の奴と被るのだ。
だから俺はその時が来ると、計画を実行した。
「あ、すいません、おりまーす!!」
俺がすぐ降りられる側ではなく、反対側のドアが開いたとき、俺は腹から声を上げて力いっぱい人の波をかき分けた。
悪いな、ちょっと邪魔させてもらうぜ、おっさんたち。
ついでに娘さんの手をひっつかむと、俺は自分の言葉とは裏腹に、最後尾の女性専用車両に飛び乗った。
お姉さま方の視線が痛い。
だが何人かの人は事情を察してくれたのか、相方の娘さんの方を見て同情のような視線を送ってくれている――ように思えた。
さて、どうしたものか。
日本語はたぶん通じるみたいだが、俺が彼女の言葉を理解できない。
だがまあ、いうだけ言ってみるか。
「この車両には、女性しかいません。あなたがどこへ行くのかはわかりませんが、俺は途中で降りなくてはなりません。もしなにか困ったら、各駅の駅員を頼ってください」
かなりゆっくり言ってみたが、これで通じただろうか。
娘さんは俺を見上げると、うなずいた。
よかった、通じたみたいだ。
だが女性ばかりの中に俺一人がいるのはどうにも居心地が悪いので、俺は娘さんにあいさつすると別の車両に移動しようとした。
――ぎゅっ。
その手が、小さな手によって引き留められる。
いや、そんなことされたら。
移動できないじゃないか。
俺はどうしたらいいか分からずに、つい習慣でスマホを取り出していた。
さっきのゲームが、まだつけっぱなしだった。
『キャラクター作成が完了しました。これよりゲームを開始いたします』
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