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第21章 裏切りの代償
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しおりを挟む薩摩屋敷から戻ってすぐ、伊東は篠原とともに部屋にこもった。
「証、か。」
伊東は腕を組み、目を瞑った。
「最早手段は一つかと。」
暗殺、という言葉が二人の脳裏をよぎる。
これまであらゆる策で渡り歩いてきた伊東にとって、暗殺は忌み嫌う「下策」であった。
最も安易で野蛮な策である、と。
故に、中村からの示唆にも篠原からの進言にも首を縦に振ることはできないでいた。
「近藤を斬って何になる。」
「我々の後ろ盾は薩摩。今、中村殿の言葉に背けば、我々は資金を絶たれ、発言の場を失います。それでは伊東先生の理想を叶えることはできません。本末転倒です。」
伊東は眉間に深い皺を寄せながら、篠原の進言を黙って聞いた。
「先生ができぬとおっしゃるのなら、私がやります。」
「ならぬ。」
「先生は理想をお捨てになるのですか!伊東先生の理想を叶えようとついてきた同志を、見捨てられるのですか。」
「篠原君、声が大きい。」
「失礼しました。」
伊東は胸いっぱいに空気を吸い込むと、一気に息を吐いた。
書院造の部屋の、小窓をそっと開けて中庭から空を覗く。
もう間もなく満月になろうとする月を見ながら、伊東は二年前の春の出来事を思い出していた。
天狗党の仲間が身ぐるみはがされた上、打首となったあの日の夜。
仲間から寄せられた手紙をくしゃくしゃにして、涙を流したあの夜に、新たな国造りを進めると死んでいった仲間たちに誓ったのだ。
目を閉じれば水戸の弘道館に出入りした時の仲間の顔が今でも思い浮かぶ。
そして、珍しくあの日会合に参加していた山南の沈痛な表情も伊東の瞼に映し出される。
あれは、山南が隊を脱走する数日前の出来事だった。
『伊東先生のお考えには大いに賛同します。しかし、私には裏切れぬ人がいます。』
伊東道場の門下生を下がらせ、二人きりになった時、山南はそう言った。
『貴方の正義と近藤先生の誠は並び立たちません。』
その言葉だけを残して、山南は御免と頭を下げて、伊東の前から姿を消した。
次に見たのは切腹裃をまとった山南だった。
誠か、正義か。
試されているのだと伊東は思った。
死んでいった仲間のためにも、山南のためにも、伊東は志を捨てるという選択肢を選ぶことはできなかった。
「篠原君、齋藤君を呼んでくれ。」
伊東が小窓の障子を閉めると、俄かに強くなった風に流される雲が月を覆い隠し、空は暗闇に包まれた。
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