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第19章 信念と疑念

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茨木が土方に面会した明くる朝、茨木をはじめとした十名が屯所から忽然と姿を消した。

幹部が顔をそろえて、朝食の膳を前にして今後の対応について話し合う場が設けられた。

「茨木司を始めとした十名の伊東派が、脱走した。」

恐らく奴らの向かう先は、伊東の本拠地だろう。」

「しかし、伊東が彼らを受け入れれば約定を破ることになる。」

誰も言葉にはしようとしなかったが、脱走した十名に残された道が切腹以外存在しないことは

口にしなくても皆理解していた。

「いずれにせよ、伊東の所に踏み込むには手勢が必要だ。

原田君、頼めるか。」

「合点。」

「そんな連中、ひと思いに斬ってしまえばよろしいのに。」

重苦しい空気の中、沖田は誰も口にしようとしない朝食を食べながら、軽い口調で告げた。

「総司。」

「今までだって、そうしてきたでしょう。」

土方の制止も気に留めず、沖田はつづけた。

「彼らだって、死ぬ気で脱走したのです。

ならば、我らもその思いに応えてやらねば。」

「俺たちはもう一介の浪人ではない。

新選組隊士として此度の直参取り立ての名簿に名を連ねている以上、彼らの命を勝手に奪うことはできない。」

「まだ、我々は正式に取り立てられた訳ではないのでしょう。」

険悪な雰囲気を断ち切ったのは、他でもない近藤の声だった。

「お前たちの言い分はよくわかった。

永倉君、伊東君の所へ行って、身柄を引き渡してくれるよう説得してきてほしい。」

「承知。」

「もう、身内のことで血を流すのはやめにしよう。

これから、我々の命は大樹公のためにこそあるのだから。」



近藤の言葉で、永倉はわずかな手勢を率いて伊東のいる膳立寺に向かった。



沖田は朝食の膳を全て平らげた上で、薫におかわり、と茶碗を差し出した。

「近藤先生は、本当に素晴らしいお方ですね。」

「私の師匠ですから。」

「でも、佐野さん達はどうなるんでしょうか。」

「切腹以外に道はないでしょうね。」

「斬り殺されるか、切腹か。誉れの問題です。」

「志のために死ねるのなら、本望ですよ、彼らも。」

「皆が皆、沖田さんみたいに肝の据わった人たちだったら、そう思うでしょうけど。」



河合の死ぬ前の顔が思い出される。

死を前にひきつった顔。


少なくとも、彼の顔は志のために死ねることを喜ぶ顔ではなかった。

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