140 / 154
第19章 信念と疑念
9
しおりを挟む
茨木が土方に面会した明くる朝、茨木をはじめとした十名が屯所から忽然と姿を消した。
幹部が顔をそろえて、朝食の膳を前にして今後の対応について話し合う場が設けられた。
「茨木司を始めとした十名の伊東派が、脱走した。」
恐らく奴らの向かう先は、伊東の本拠地だろう。」
「しかし、伊東が彼らを受け入れれば約定を破ることになる。」
誰も言葉にはしようとしなかったが、脱走した十名に残された道が切腹以外存在しないことは
口にしなくても皆理解していた。
「いずれにせよ、伊東の所に踏み込むには手勢が必要だ。
原田君、頼めるか。」
「合点。」
「そんな連中、ひと思いに斬ってしまえばよろしいのに。」
重苦しい空気の中、沖田は誰も口にしようとしない朝食を食べながら、軽い口調で告げた。
「総司。」
「今までだって、そうしてきたでしょう。」
土方の制止も気に留めず、沖田はつづけた。
「彼らだって、死ぬ気で脱走したのです。
ならば、我らもその思いに応えてやらねば。」
「俺たちはもう一介の浪人ではない。
新選組隊士として此度の直参取り立ての名簿に名を連ねている以上、彼らの命を勝手に奪うことはできない。」
「まだ、我々は正式に取り立てられた訳ではないのでしょう。」
険悪な雰囲気を断ち切ったのは、他でもない近藤の声だった。
「お前たちの言い分はよくわかった。
永倉君、伊東君の所へ行って、身柄を引き渡してくれるよう説得してきてほしい。」
「承知。」
「もう、身内のことで血を流すのはやめにしよう。
これから、我々の命は大樹公のためにこそあるのだから。」
近藤の言葉で、永倉はわずかな手勢を率いて伊東のいる膳立寺に向かった。
沖田は朝食の膳を全て平らげた上で、薫におかわり、と茶碗を差し出した。
「近藤先生は、本当に素晴らしいお方ですね。」
「私の師匠ですから。」
「でも、佐野さん達はどうなるんでしょうか。」
「切腹以外に道はないでしょうね。」
「斬り殺されるか、切腹か。誉れの問題です。」
「志のために死ねるのなら、本望ですよ、彼らも。」
「皆が皆、沖田さんみたいに肝の据わった人たちだったら、そう思うでしょうけど。」
河合の死ぬ前の顔が思い出される。
死を前にひきつった顔。
少なくとも、彼の顔は志のために死ねることを喜ぶ顔ではなかった。
幹部が顔をそろえて、朝食の膳を前にして今後の対応について話し合う場が設けられた。
「茨木司を始めとした十名の伊東派が、脱走した。」
恐らく奴らの向かう先は、伊東の本拠地だろう。」
「しかし、伊東が彼らを受け入れれば約定を破ることになる。」
誰も言葉にはしようとしなかったが、脱走した十名に残された道が切腹以外存在しないことは
口にしなくても皆理解していた。
「いずれにせよ、伊東の所に踏み込むには手勢が必要だ。
原田君、頼めるか。」
「合点。」
「そんな連中、ひと思いに斬ってしまえばよろしいのに。」
重苦しい空気の中、沖田は誰も口にしようとしない朝食を食べながら、軽い口調で告げた。
「総司。」
「今までだって、そうしてきたでしょう。」
土方の制止も気に留めず、沖田はつづけた。
「彼らだって、死ぬ気で脱走したのです。
ならば、我らもその思いに応えてやらねば。」
「俺たちはもう一介の浪人ではない。
新選組隊士として此度の直参取り立ての名簿に名を連ねている以上、彼らの命を勝手に奪うことはできない。」
「まだ、我々は正式に取り立てられた訳ではないのでしょう。」
険悪な雰囲気を断ち切ったのは、他でもない近藤の声だった。
「お前たちの言い分はよくわかった。
永倉君、伊東君の所へ行って、身柄を引き渡してくれるよう説得してきてほしい。」
「承知。」
「もう、身内のことで血を流すのはやめにしよう。
これから、我々の命は大樹公のためにこそあるのだから。」
近藤の言葉で、永倉はわずかな手勢を率いて伊東のいる膳立寺に向かった。
沖田は朝食の膳を全て平らげた上で、薫におかわり、と茶碗を差し出した。
「近藤先生は、本当に素晴らしいお方ですね。」
「私の師匠ですから。」
「でも、佐野さん達はどうなるんでしょうか。」
「切腹以外に道はないでしょうね。」
「斬り殺されるか、切腹か。誉れの問題です。」
「志のために死ねるのなら、本望ですよ、彼らも。」
「皆が皆、沖田さんみたいに肝の据わった人たちだったら、そう思うでしょうけど。」
河合の死ぬ前の顔が思い出される。
死を前にひきつった顔。
少なくとも、彼の顔は志のために死ねることを喜ぶ顔ではなかった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上意討ち人十兵衛
工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、
道場四天王の一人に数えられ、
ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。
だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。
白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。
その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。
城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。
そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。
相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。
だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、
上意討ちには見届け人がついていた。
十兵衛は目付に呼び出され、
二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
わが友ヒトラー
名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー
そんな彼にも青春を共にする者がいた
一九〇〇年代のドイツ
二人の青春物語
youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng
参考・引用
彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch)
アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。
浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル
初音
歴史・時代
新選組内外の諜報活動を行う諸士調役兼監察。その頭をつとめるのは、隊内唯一の女隊士だった。
義弟の近藤勇らと上洛して早2年。主人公・さくらの活躍はまだまだ続く……!
『浅葱色の桜』https://www.alphapolis.co.jp/novel/32482980/787215527
の続編となりますが、前作を読んでいなくても大丈夫な作りにはしています。前作未読の方もぜひ。
※時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦組みを推奨しています。行間を詰めてありますので横組みだと読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。
※あくまでフィクションです。実際の人物、事件には関係ありません。
矛先を折る!【完結】
おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。
当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。
そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。
旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。
つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。
この小説は『カクヨム』にも投稿しています。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる