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第19章 信念と疑念
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しおりを挟む京の街が祇園祭の賑わいを見せる頃、正式に幕府から新選組を直参に取り立てる旨の通知が届いた。
幕府の使者が屯所を訪れるや否や、直参取立の話は屯所に知れ渡った。
これまでの浪人の身分から正式に武士と認められたというその知らせに、隊士は喜び浮足立った。
しかし、伊東の志に共鳴しつつも、新選組に残ることを決めた幾ばくかの隊士達だけは深刻な表情を隠さなかった。
「茨木が副長に面会を求めています。」
土方が会津藩に提出する書類をまとめていると、尾形が土方の部屋を訪ねて来て開口一番そう告げた。
「今は忙しい。後にしてくれ。」
「私の予想が的中しました。」
尾形の言葉に土方の筆が思わず止まる。
「浪士という身分で国家に尽くしてきたのに、ここで直参に取り立てられては旧君に申し訳が立たぬ、と。」
「そんな詭弁に耳を傾けろ、とでも?」
「副長がお聞き届けくださらねば、局長の所へ向かうでしょう。」
「…茨木をここに連れてこい。」
土方はため息を一つつくと、筆を机の上に置きながらそう言い放った。
「私どもは国家のため、これまで浪人という身分として新選組で働いて参りました。
それを、今になって直参に取り立てられるという栄誉を賜ることは、旧君に申し訳が立たず…。」
「会津公が我々の功績に報いんと御公儀に上申してくださり、
ようやく実を結んだお取立てが気に入らねえと言いたいのか。」
「そ、そんなことは…。ただ、我々にはかねてよりの主がおります故。」
「じゃあ何かい。会津公は主にあらず、とでも言いたいのかい。」
「そ、そういうわけでは。」
「嘘をつくなら、もっとまともな嘘をつきやがれ。」
「う、嘘ではありませぬ!」
「伊東の所に帰りたい、と素直に言えばいいものを。」
土方の捨て台詞に、茨木は畳に擦りつけていた頭を上げて、土方を睨む。
「素直に申せば、伊東先生のところに行かせていただけるのですか。」
「行けば切腹だ。」
土方は茨木の睨みを物ともせず、そう告げた。
茨木の手は怒りか恐怖か、わなわなと震えている。
「…出過ぎたことを申しました。」
土方と茨木の間に沈黙が流れたが、すぐに茨木は頭を下げて土方の部屋を後にした。
「良いのですか。」
茨木とのやり取りを部屋の外でうかがっていた尾形は土方の部屋に入るなり、開口一番土方に尋ねた。
「何が言いたい。」
「彼らは遅かれ早かれ脱走するでしょう。」
「脱走すれば切腹だ。」
「彼らを死なせれば伊東派との対立は決定的なものになります。」
「あいつらの後ろには薩摩がいる。
伊東の息がかかった連中を新選組から炙り出す良い機会になるかもしれないな。」
「そう上手く事が運べばよいですが…。」
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