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第19章 信念と疑念

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伊東一派が新選組を離脱してからまもなく、土方と近藤の周囲はにわかに慌ただしくなっていた。

「局長と副長、近頃お出かけが多いですね。」

「お前さん、まだ知らないのかい。」

薫が残ったご飯で握ったおにぎりを頬張りながら、原田は言った。

「ちょっと、原田先生、飯粒飛ばしながら喋らないでください。」

「おいおい、徳川様の直参になる俺様にそんな言い方ぁねえだろう。」

原田はそう言って、また一口おにぎりを口にくわえた。

「じ、直参?!」

徳川様の直参になるということは、幕臣に取り立てられたということ。

これまで会津公お預かりの素浪人だった新選組が名実ともに武士として認められたということである。

「じゃあ、原田さんはいつでも将軍様に会える身分になれるってことですか。」

「馬鹿言え。俺みたいな雑魚が大樹公にお目見えできる訳ねえだろう。

お目見えの身分になるのは、そうだな…。近藤さんぐれえじゃねえのか。」

「わあ…。近藤先生の長年の夢が、本当になるんですね。」



「薫、左之助。あまり浮かれるなよ。」

浮かない表情をして、勝手口から現れたのは永倉であった。

「永倉先生。こんなめでたい話なのに…。」

永倉は原田と同様、おにぎりを一つ取ると、土間の階段に腰かけた。

「先だっての長州征伐では薩摩が暗躍したと聞く。

御公儀は俺たちを家臣に取り入れなければならないほど、窮地に追い込まれてるってわけさ。」



薩摩と長州が手を結び、明治維新を成し遂げる。

薫の知る歴史の転換点はすでに目の前まで来ているのだ。

これから、新選組に待ち受けているのは滅びの道。



『ご公儀なんぞ腐ったもんのために土方や近藤を死なすっとはおまんさあの本意かち聞いていちょっど。』

かつて中村から投げられた言葉が思い出されたが、薫は雑念を振り払うように頭を振った。



きっと土方は知っている。

なぜこのタイミングで自分たちが幕臣に取り立てられるのか、その真意を。

きっと土方はそれすら自らの糧とし前に進むはずだ。

ならば、薫の選ぶ道は一つしかない。

「土方さんは逆境であればあるほど、光る人ですから。」

「さすがは、恋女房。」

「永倉先生、ちょっと。」

永倉の軽口に、薫はわざとらしく咳払いしながら低い声でそう言った。

先だっての土方と薫のやり取りを原田はまだ知らない。

「おいおい、なんだよ。なんだよ。いつの間にかできちまったのか。」

好奇心満々の眼で原田は二人を見やった。

「いや、その、ほら。物のたとえだ。」

「言葉の綾です。」

「ほぉ、これはできたな。まあ、めでたい。とりあえず、十番組として祝杯だ!」

土間を駆け上がり、急いで部屋に戻ろうとする原田を永倉は寸でのところで取り押さえた。

「俺がおごってやるから!下の連中に悟られるな!」

「大丈夫だよ。大体の奴は勘ぐってらぁ。衆道か色恋沙汰かの違いしかねいやい。」

「そっとしておいてやろうぜ。」

「俺に黙ってた貸しは高くつくぜ、ぱっつぁん。」

懐かしい愛称で永倉の名を呼んだ原田の顔はあどけない少年のようだ。

「わかった。好きなだけ娼妓を揚げてかまわん!」

「そう来なくっちゃ!悪いな、薫!」

騒がしい二人は、嵐のように本願寺の大門へと去っていった。



まったく暢気な人たち、と薫は内心思いながらも、笑みをこぼさずにはいられなかった。

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