上 下
132 / 154
第19章 信念と疑念

しおりを挟む

京の街の中心地にある、伊東の私邸に一人の男が訪ねた。

暗い夜にも拘らず、男は提灯を持たず、民家から漏れるわずかな明りを頼りにここまで辿り着いたようだった。


客間に案内された男は、伊東の前に腰を下ろすなり開口一番こう言った。

「西へ行かるっとな。」

身内しか知らないはずの情報を既にこの男は掴んでいた。

恐らくは、伊東の側近でもあり、薩摩の密偵でもある富山あたりが漏らしたのだろう。

「中村殿は、耳が早いですな。」

伊東は、わずかばかり息を吐いて言った。

「富山は優秀ごわんで。」

「私は、新選組を抜けます。」

ぎょろり、と白めの大きな中村の目が伊東へ向けられた。

数多の死線を潜り抜けてきたのか、中村の目は獲物を捕らえた獣のそれに近い。

「ご安心召されよ。ただ抜ける訳ではござらん。」

核心に触れない伊東の物言いに苛立ったのか、中村の目がわずかに細められる。

「近藤や土方には、新選組を離れた様に見せかけ薩長の動きを探るという名目で別の隊を作ると話をしました。」

「何故。」

男は、“駒”が減ることを恐れているのだ、と伊東は悟った。

伊東の口元がゆがむ。



新選組といい、薩摩といい、後ろ盾を得なければ大胆な行動に出られない。

これが私の限界なのかもしれない、と。

「私は尊王攘夷の志を遂げるために京に上洛したのです。

新選組はその手段の一つに過ぎない。」

「当ては?」

「当て?」

「隊を抜けた後の住処、資金。」

伊東は何も言わない。

自尊心の高い彼から、お金を貸してくれと頭を下げることはできなかった。

既に伊東の性格も望む物も全て理解していたのか、中村は懐から袋を取り出し伊東に差し出した。

畳の上に置かれると、チャリンと小判の擦れる音がした。

「おいたちは、ご公儀の動きさえ掴めれば、そいで良か。」

伊東は黙って袋を受け取ると袋に納めた。

「これまでと変わらず。」

中村は、静かに立ち上がり部屋を出ようと伊東に背を向けた。

「近衛さあが、先の帝の御陵を警備する衛士を探しちょりもす。」

伊東が詳しく話を聞こうと中村に声をかけようとしたときには、既に部屋を去った後だった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

戦争はただ冷酷に

航空戦艦信濃
歴史・時代
 1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…  1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

処理中です...