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第19章 信念と疑念
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しおりを挟む京の街の中心地にある、伊東の私邸に一人の男が訪ねた。
暗い夜にも拘らず、男は提灯を持たず、民家から漏れるわずかな明りを頼りにここまで辿り着いたようだった。
客間に案内された男は、伊東の前に腰を下ろすなり開口一番こう言った。
「西へ行かるっとな。」
身内しか知らないはずの情報を既にこの男は掴んでいた。
恐らくは、伊東の側近でもあり、薩摩の密偵でもある富山あたりが漏らしたのだろう。
「中村殿は、耳が早いですな。」
伊東は、わずかばかり息を吐いて言った。
「富山は優秀ごわんで。」
「私は、新選組を抜けます。」
ぎょろり、と白めの大きな中村の目が伊東へ向けられた。
数多の死線を潜り抜けてきたのか、中村の目は獲物を捕らえた獣のそれに近い。
「ご安心召されよ。ただ抜ける訳ではござらん。」
核心に触れない伊東の物言いに苛立ったのか、中村の目がわずかに細められる。
「近藤や土方には、新選組を離れた様に見せかけ薩長の動きを探るという名目で別の隊を作ると話をしました。」
「何故。」
男は、“駒”が減ることを恐れているのだ、と伊東は悟った。
伊東の口元がゆがむ。
新選組といい、薩摩といい、後ろ盾を得なければ大胆な行動に出られない。
これが私の限界なのかもしれない、と。
「私は尊王攘夷の志を遂げるために京に上洛したのです。
新選組はその手段の一つに過ぎない。」
「当ては?」
「当て?」
「隊を抜けた後の住処、資金。」
伊東は何も言わない。
自尊心の高い彼から、お金を貸してくれと頭を下げることはできなかった。
既に伊東の性格も望む物も全て理解していたのか、中村は懐から袋を取り出し伊東に差し出した。
畳の上に置かれると、チャリンと小判の擦れる音がした。
「おいたちは、ご公儀の動きさえ掴めれば、そいで良か。」
伊東は黙って袋を受け取ると袋に納めた。
「これまでと変わらず。」
中村は、静かに立ち上がり部屋を出ようと伊東に背を向けた。
「近衛さあが、先の帝の御陵を警備する衛士を探しちょりもす。」
伊東が詳しく話を聞こうと中村に声をかけようとしたときには、既に部屋を去った後だった。
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