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第17章 生まれと育ち

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ずるい、ずるいずるい。

伊東のやり口は狡猾だ。

台所へ戻った薫は竈の前でうずくまった。



薫が伊東の主張に心の中では賛同していることを見抜いての所業だろう。

自分では話を聞いてもらえないから、他人を介して自分の意見を通そうとしている。

恐らく、山南は伊東と近藤らの板挟みに遭い、苦悩し死を選んだ。

それだけでも、伊東は薫にとって憎むべき存在たり得る。



「何してるんですか。」

剣を握る手を象徴するような皮の厚い手が薫の肩に触れた。

「沖田先生。」

稽古を終えたばかりなのか、胴着の前ははだけ汗で湿っている。

「早く着替えないと、風邪引きますよ。」

「大丈夫ですよ、生まれてこの方大きい病はしていませんから。」

屈託のない笑顔を浮かべつつも、コホンと乾いたような咳がこぼれる。



薫の心臓が跳ねた。

乾いたような咳。

薫は彼の最期を知っている。



小刻みに震える手で沖田の背中をさすった。

「もう随分と冷える季節になってきましたから、お着替え用意します。」

立ち上がろうとする薫の腕を沖田は強く引っ張った。

薫は上手く立ち上がれずに、再び竈の前に腰を落とす。

何事かと沖田の方を見遣れば、先ほどまでの純粋無垢な青年はいなくなり、

一介の武士としての面構えになっていた。


お勝手の傍を数人の隊士が通り過ぎていく。

「伊東先生の講義、聞いたか。」

「あぁ、日本国として一つにまとまるってやつだろう。」

「伊東先生のお話を聞いてると、小役人みたいな仕事をしているのが阿呆らしく感じるよ。」

「そういえば三条大橋の札の件、土佐っぽが詰め腹を切らされて落着したらしい。」

「たかが札如きで。」

「挙国一致で戦わねばならぬときに、我々は何をやっているんだ。」

「ったく、ご公儀も俺達を素浪人だと馬鹿にしやがって。

どうして近藤局長はあんな奴らに媚びへつらうんだ。」

「出自は変えられないからな。」

彼らは沖田と薫に話を聞かれているとも知らず、悠然とそれぞれの部屋に戻って行った。



隣に座る沖田の顔は険しい。

「沖田先生…?」

薫の呼びかけに沖田は応えることはなく、朝ご飯いただきます、

とだけ言うと幹部の集まる大部屋の中へ消えた。

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