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第16章 終わりの始まり

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一枚の書状を土方は文机に投げつけた。

何かにあたらなければ正気でいられないような、そんな気分だった。


幕府が長州征討の勅命を得て行った長州征伐は、大島口の艦砲射撃に端を発し、

芸州口、石州口、小倉口の四正面で戦いが行われている。

圧倒的な兵力差に長州はとうとうお取り潰しだという前評判を覆し、膠着状態が続いている。

西洋式の兵器を取り揃えた長州はわずかな兵力ながら士気高く、大義名分を失った幕府軍は醜態を晒している。

間者として長州に潜伏させている山﨑からの手紙にはそう書かれていた。


「失礼します。」

障子越しに齋藤の声がした。

土方の入れ、という言葉を合図に齋藤は音もなく部屋に入った。

「書状は如何に。」

長州に潜伏させている山﨑と吉村のことを知っているのは齋藤だけだ。

書状が届いたのを見て、土方を尋ねたのである。
土方は文机に乱雑に置かれた書状を齋藤に渡した。

手紙を読み終えた齋藤は表情を変えず、文机に手紙を戻す。


「局長に報告しますか。」

齋藤の問いに土方は黙ったままだ。

報告しなくともいずれ近藤の耳に入る事実であった。

長く天領として幕府の恩恵に預かってきた土方や近藤からすれば、到底受け入れられない事実。

一大名に御公儀が手こずるなどあってはならないことだ。


「局長には折を見て話す。」

「巷では米の値段が暴騰している様子。

このまま行けば一揆や打ちこわしが起きてもおかしくありません。」

「見廻りを強化する。

少しでも怪しい動きをする連中は捕まえろ。」

承知、と齋藤は答えると部屋を辞した。


廊下に出た齋藤は空を見上げると、分厚い雨雲が空を覆っていた。

「風が変わり始めている。」

「齋藤先生。」

前を見ると、目の前に袖を襷で捲り上げた薫が立っていた。

賄いの仕事の途中らしく、手にはヘラを持っている。

「今は部屋に入らない方がいいぞ。」

齋藤は親切心から薫にそう忠告した。

荒れている土方のことだ。

入れば薫が八つ当たりされるのは目に見えている。


「風が変わり始めているのですか。」

独り言を聞いていたのか、薫はそう尋ねた。

「雲の流れが変わった。直に雨だ。」

「今日夢で山南先生が『風が変わろうとしている』と教えてくれました。」

「御伽噺だな。」

齋藤は顔色一つ変えずにそう呟くと、踵を返し薫のいる方とは反対の方へ進んだ。


「何かあったんですか。」


背中に投げかけられた質問に齋藤が歩みを止めることはなかった。

雨が降る、それだけだと言い残して。
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