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第15章 前世と来世
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しおりを挟む月明りのない、田圃の畦道を一人提灯をぶら下げて歩く。
見えるのは自分の足元ばかりで、遠くで聞こえる犬の遠吠えがいやに大きく聞こえた。
屯所の中では「お鶴」の話で持ち切りだろう。
あれだけ似ていれば、妹という話は近藤やお幸の耳にも届くはずだ。
しかし、話を聞く限り、深雪太夫と遥を会わせることはできない。
どうしたものか、と薫の足取りは重かった。
「何してる。」
聞き慣れた声がする。
けれど、その姿は見えない。
「副長。」
提灯を持ち上げて目を凝らせば、着流し姿の土方が提灯も持たずに立っていた。
「こんな夜更けにどうしたんです。」
「それはこっちのセリフだ。」
そういえば、と過去を振り返れば、
今日の夕飯の支度は女中達に全て任せて昼の日中から島原の街をうろついていたのだ。
更に副長にはこの話していなかったとようやく思い至る。
「心配かけてすみません。」
きっと夜が更けても帰ってこない私を心配して探しに来てくれたのだろう。
「馬鹿。」
コツン、と軽く頭にげんこつが振り落とされた。
そんなに痛いものではなかったが、弾みでイテッと声を上げてしまった。
手に持っていた提灯は気づけば、土方の手の中に納まっていて、薫は土方の横に並んで歩く。
先ほどまではあんなに重かった足取りも不気味な犬の遠吠えも、
土方が横にいるだけで何も感じなくなっていた。
「私は幸せ者ですね。」
「急にどうした。」
「いえ…。」
「深雪太夫の妹か。」
近藤から既に話を聞いていたのだろう。
土方の問いに薫はそうです、と短く答えた。
「正確には彼女は妹ではありませんでした。」
「そうか。」
土方は相槌を打ったが、それ以上深く尋ねてくることはなかった。
運命とは不思議なものだ。
同じように幕末にタイムスリップしたというのに、自分はこんなにも恵まれている。
遥がこれまでどのように過ごしてきたのかわからないけれど、
年端もゆかぬ少女が背負うには過酷すぎる運命だ。
彼女の為に自分にできることはないだろうか、と考えたが、
時間だけが過ぎていくばかりで何の解決策も薫は見つけ出せずにいた。
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