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第15章 前世と来世
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しおりを挟む淡い蝋燭が二人を照らし出す。
行灯を覆う赤い和紙のせいで、部屋は赤く染め上げられ妖艶な雰囲気を醸し出しているが、
二人の間には沈黙が広がるばかりで一向に先に進みそうにない。
二人の間に置かれた鮮明なカラー写真。
きっとこの写真は彼女の入学式の時の写真なのだろう。
あどけない笑顔が、今は悲しい。
「入学式の前の日だったの、この世界に来たのは。」
静寂を打ち破ったのは彼女の方だった。
「中学校の同級生と多摩川でBBQしてたら、友達が川で溺れかけてて。
助けようと自分も川に入ったら、気づけば三条大橋の橋のたもとに打ち上げられてた。」
「多摩川…?」
彼女は静かに頷く。
どうやら多摩川はこの世界と現代をつなぐ三途の川の役割を果たしているらしい。
「私も多摩川のほとりを歩いてたら溺れてる子供を見つけて…。」
「いつからこっちに?」
「かれこれ3年経つかな。」
「長いね。」
「帰る方法もわからないし。」
「あと3年もこんな生活、やだ。」
見た目の割に幼いのか、彼女は両膝を抱えて顔を俯かせた。
「あの、お鶴ちゃんのこと、聞かせてください。」
「鶴なんて呼ばないで!」
ひときわ大きい声で彼女は言った。
「ご、ごめんなさい。でも、貴方の名前知らなくて。」
「そ、そうだよね…。ごめんなさい。」
根は素直な子らしく、再び正座して彼女は薫を見た。
「私は如月遥。」
「そういえば、私も名乗ってなかったね。東雲薫と言います。」
「男のなりをしてるけど、女の人だよね。」
遥は不思議そうに首を傾けながら、薫に尋ねた。
今度は薫が静かに頷く番だ。
「今、新選組に御厄介になってるの。」
ふうん、と少し寂しそうに遥は赤く染まった畳を見下ろす。
遥がどういう経緯で女郎屋にいるかはわからないにせよ、彼女の意思でここにとどまっているはずはない。
薫は勢いに任せてある提案を口にした。
「遥ちゃん、一緒に暮らさない?」
素っ頓狂にさえ思える薫の提案に彼女は笑い声を上げた。
「お姉さん。女郎屋とはいえ、女一人身請けするのにいくらかかると思っているの。
一介の素浪人が気軽に買える額じゃないよ。」
「私は勿論お金なんてないよ。でも、上司の近藤先生が深雪太夫の妹を探しているの。
彼女、重い病気で妹に一目会いたいって言ってて、それで貴方に妹として会いに来てほしいの。」
深雪太夫、という言葉を耳にして遥の表情は険しくなった。
「行かない。」
「どうして?」
「貴方もその上司も深雪太夫のために私と暮らしたいんでしょう。」
憎しみの込められた遥の視線に、薫は喉元まで出かかった言葉をひっこめた。
「深雪太夫さえいなければ、私はこんな目に遭わずに済んだのに。」
蝋燭の明りはそれに呼応するようにゆらりゆらりと部屋の中を揺らがせる。
「悪いけど、帰って。」
「でも…。」
「いいから帰って!もう二度と来ないで。」
薫はそれ以上何も言えず、遥のいる女郎屋を後にした。
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