維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第15章 前世と来世

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上方の街で深雪太夫と言えば、そこそこ名の知れた太夫であったお陰か、

深雪太夫によく似た女郎が島原で働いているという噂が薫の耳に届くのにそう時間はかからなかった。

男たちからは安いお金で太夫並の女を抱けるとあって、結構な人気を博しているらしい。



「お幸さんの妹の噂、こんな形で皆さんから聞きたくなかったですけど。」

「まあ島原の女の事情と言ったら、俺の右に出る者はいねえだろう。」

子供も生まれてまだ間もないというのに、原田は自慢げにそう答えた。

「所帯持ちの吐くセリフじゃねえなぁ。」

隣に佇む永倉は呆れたように笑う。

「でも私も聞いたことがあります。

掃き溜めに鶴とかけて、巷ではお鶴ちゃんと呼ばれてます。」

意外な情報をもたらしたのは、沖田であった。

「お前もちゃっかりやることぁやってんだなぁ。

兄貴分としては安心したぜ。」

原田が沖田の肩に腕をかけ抱き寄せるようにして頬擦りしたが、沖田は嫌そうに身を引いた。

「勘弁してください。私の情報源は葛切り屋さんですから。」

んだ、つまんねえのと原田は肩を落として沖田から離れた。

「あれ、皆して何の話?」

近頃はめっきりと一緒にいる時間が少なくなった藤堂が珍しく話の輪に入って来た。

暗い話続きだったからか、薫はひさしぶりのその光景に少しだけ嬉しくなる。

「深雪太夫の妹が島原にいるって話聞いたことあるか。」

「あぁ、お鶴ちゃん。」

「藤堂先生もご存じなんですね。」

「結構有名な話じゃない?」

「どこのお店にいるか、わかりますか。」

藤堂から鶴の働く店の名前と場所まで事細かく教えてもらうと、

早速薫は島原の女郎屋が立ち並ぶ路地へと足を運んだ。



女たちの客を引く腕が狭い路地裏を埋め尽くす。

通る男たちは嬉々としてその腕を取り、赤く艶めいた暖簾をくぐるのだ。

薫はその腕を軽快に避けながら、格子窓の奥に座る女の顔を一人一人見て回った。

そして、藤堂から聞いた店の格子窓の先に探し求めていた女は

他の女たちと同じように今日の稼ぎを得ようと必死に腕を伸ばしていた。


妹とはいえ、余りにも似すぎている風貌に、

薫は少々不気味さを感じながら、「お鶴」の手を取り、店へと入った。

「鶴と申します。」

手を引かれつつ部屋に入り、三つ指をついて深く頭を下げる彼女は最早深雪太夫そのものであった。

「頭を上げてください。」

赤い蝋燭の明りで、彼女の頬は赤く染まっているようにすら見える。

あまりの色っぽさに薫はここに来るべきではなかったのではと後悔に苛まれた。

「私はあなたを買いに来たわけではないのです。」

そう言うと、女の顔は豹変した。

「なんや、『掃き溜めの鶴』を拝みに来たんかえ。」

つまらない、と言いたげに折りたたんでいた足を畳に放り出す。

「違います。人を探しているのです。」

「うちに何の用?」

「深雪太夫をご存じですか。」

「知らんなあ。」

客用に設けられた煙草盆で彼女は自前の煙管に火をつけた。

「貴方に瓜二つだと町中の人皆噂をしていました。」

勿論、彼女の耳に入ってこない訳がない。

彼女の返答は怒りの込められた視線のみであった。

「知らんって言うてるやろ。」

やはり、妹なのだろうか。

だが、深雪太夫を良く思っていないようだった。

「誰を探しているんか知らんけど、うちには関係ないことやさかい。」

白い煙を吐き出すと、カツンと音を立てて煙管を煙草盆にたたきつけた。

「抱かないんやったら、帰って。」

彼女は煙管を懐にしまうと、立ち上がり薫を部屋から追い出そうとする。

「ちょっとまだ、話は終わってません。」

「もう二度と来るな!」

彼女が薫の背中を押そうとしたとき、布団で滑って前のめりに転がりそうになった。

薫はとっさに抱き留めたが、懐に入れていた煙管の中から一枚の写真が零れ落ちた。

その写真はこの時代に撮られた写真とは大きく異なった、現代の世でよく見かけるカラー写真。

家族の集合写真か何かだろうか。

桜の木の下でセーラー服に身を包んだ彼女が写真の中で微笑んでいた。



彼女は嫌、と悲鳴に近い声を上げて写真を胸元に押しつける。

そして、薫は一つの結論に至ったのだ。

「もしかして、貴方…現代の世から来たの。」

薫の言葉に彼女の瞳は大きく見開いた。

「まさか…。」



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