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第15章 前世と来世
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しおりを挟む三味線の軽やかな音色が耳に心地よく響く大坂の歓楽街で、近藤は賑やかな宴の席を離れ、
豪華な布団に横たわる一人の女の手を優しく握っていた。
本来仕事場であるはずの布団の上で女は顔色悪く目を閉じている。
近藤はそれを気に留める訳でもなく、純粋にその女の具合を心配していた。
「近藤先生、えろうすいまへん…。」
「何も言うな。今日は朝まで君を揚げたのだから、何も心配することはない。」
武骨な手で女の額を覆っていた手ぬぐいを取り換えて言った。
近藤の言葉に安心したのか、女は寝息を立てて眠りに落ちた。
絹のような素肌だと、指から伝わる感触に近藤は思った。
「もし俺が広島から無事に戻れたら、一緒に暮らそう。」
ただの小さな独り言だったが、近藤は心にそう誓ったのである。
何度目の桜だろうか。
サッ、サッという軽快な音を立てて、散った花びらを箒で集めていく。
去年の桜は山南を見送った。
今年の桜は一体誰を見送るのだろうか。
茶色の地面に埋もれた花びらを見つめ、薫は思った。
バタン、という音を立てて薫の目の前にあった障子戸が突然開き、中から土方が現れた。
「薫、仕事を頼みたい。」
薫ははい、と返事をすると箒を縁側に立てかけて土方の元へ寄る。
渡されたのは、女性と思われる人の名前と宿の名前が記された懐紙。
「土方さんのお馴染さんですか。」
「馬鹿。んな訳ねえだろう。」
そう言いつつも、薫と目を合わそうとしないあたり、
何か後ろめたい気持ちがあるらしい。
「局長の休息所だ。
永倉や伊東だって女囲ってんだ。
局長が女の一人や二人身請けしたって文句はねえだろう。」
「でも、太夫って…。身請けするのにどれだけお金がいることか。」
一時は島原に身を置いたことのある薫は身請けの華やかさと苦労を知っている。
女一人買うには身請けする側の人間は、店に対し文字通り大盤振る舞いが求められ、
夜ごと歌え踊れの大騒ぎが繰り広げられる。
「んなことは百も承知だ。
お前は黙ってその宿に行って女を連れてくればいい。」
土方のぶっきらぼうな言い方が薫の癪に障った。
「はいはい、どうせ私は世話焼きババアですよ。」
土方の耳には入らない声で薫は呟きつつも、渋々伏見の寺田屋へと向かうことにした。
近藤が身請けをしようとしている女性は、深雪太夫という大阪の妓らしい。
お茶屋さんが伏見まで深雪太夫と一緒に来てくれるらしく、
薫の役目は寺田屋で彼女を受け取り、近藤の新しい休息所に連れて行くことだった。
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