維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第14章 誠と正義と

15

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いつものお勝手。

薫が台所に立つよりも早く、お手伝い衆の方が先に食事の支度を始めているようだ。

「先に準備ありがとうございます。」

東雲殿、と振り返って薫を見たのは、今は亡き安藤早太郎だった。

「安藤さん?」

いるはずのない人が台所に姿を見せたことで、薫の足は止まった。

「こちらに来てはなりませぬ。」

「どうして?」

違う方から足音がして、もう一人の男の人影が現れた。

「貴方がここにいるのは、死ぬ前に私が貴方を恨んだせいでしょう。」

その人影は先ほど薫が命を絶った河合のものであった。

「河合さん。」

「私があの時貴方に相談していなければ。

私がお手伝い衆でなければ、とね。」

でも、と河合は続ける。

「もうすべて終わったことです。」

河合は、竈の中に吸い込まれていく。

「お行きなさい、東雲殿。

副長を悲しませてはいけませんよ。」



薫は得心がいった。

安藤は、河合を迎えに来たのだ。

竈はきっと死出の門。

そして、私は死と生の瀬戸際にいるのだ。



薫は安藤が竈に吸い込まれていくのを見守るや否や、台所と反対方向に全力で駆けた。

安藤に助けられた命だ。

まだ、死ぬわけには行かない。







無我夢中で走っていると、意識が遠のき、気づけば布団の上だった。

見慣れた杉の木目の天井。

現代のマットレスが恋しくなる敷布団。

五感で感じる全てが薫に生きている実感を与えた。



戻って来たのだ、幕末に。

薫は、布団の中で手を結んだり開いたり動かした。

私は、生きている。



「ようやく目が覚めましたか。」

声のする方を見ると、布団の横に座る沖田の姿があった。

「私は…」

はっきりしてきた頭でこれまでの経緯を思い出す。



そうだ、私が河合さんの介錯を務めたのだ。

骨を断つときの鈍い感触が、薫の手に未だ残っている。

副長に報告しなければと、布団に手をついて体を持ち上げようとしたが、

沖田に制され再び薫の体は布団の上に収まった。



「何日も眠っていたのです。急に体を動かすのは良くない。」

「でも…。」

「土方さんなら、来ませんよ。」

沖田は冷たくそう言い放った。



どうして、と問い詰めたかったが、

それは沖田を傷つけるような気がして寸での所で抑えた。

きっと隊務で忙しいのだ。

夜になればきっと顔を出してくれるはずだ。



「粥を食べてください。」

沖田の温かい手が薫の背中に回された。

そして、空いている片方の手で匙に注がれた一口分のお粥を薫の口の中に流し込む。

ドロリとした液体とも固体とも似つかない塊が体の中を通っていくことを感じた。

薫が喉を鳴らしてごくりとお粥を飲み込んだのを確認すると、

沖田の顔は少しだけ綻んだ。



「見事な介錯でした。」



沖田の言葉に、その瞬間がフラッシュバックする。

薫が刀を振り下して浴びた血飛沫。

鈍い音を立てて落ちる首。

落ちた首が薫の方を見ている。


河合の目には無念が込められているような気がした。

薫を憎む目。

恨めしい目。



「うあああああ!」

薫は髪をかきむしるように頭を両腕で抱え込む。

「か、薫さん!」

発狂する薫を抑えることは沖田にはできなかった。

どんなに抱きしめても、薫は取り乱したままだ。



そのとき。

障子が勢いよく放たれた。

戸惑う沖田を薫から引き剥がし、命一杯の力で薫を抱きしめる。

すると、突然薫は落ち着きを取り戻したのである。




「薫。」

「歳三さん…。」

乱れていた薫の呼吸も、段々と穏やかなものになっていく。



「すまなかった。」

薫にだけ聞こえるような小声で土方は囁いた。

「私は私のすべきことをしたまでです。」



隊の結束のため、河合さんに詰め腹を負わせるというのなら、

河合さんの介錯を請け負う。

土方が鬼になるというのなら、私も鬼になる。

それが薫の覚悟だった。



その光景を見せつけられ、沖田はその部屋から退出する他なかった。

「目を覚ましたか。」

廊下の柱に背を預けて庭を眺める齋藤が部屋から出てきた沖田に声を掛けた。

「こんな思いはもうしたくありません。」


「嫉妬か。」

「違いますよ。

薫さんに人を斬る方法を教えてしまったことを後悔しているのです。」

沖田は普段と変わらない笑顔を浮かべたが、どこかぎこちない。

「何故だ。」

「人を斬るのは私だけでいい。」

そよ風が廊下を吹き抜けた。

後ろにまとめられた沖田の髪が風で揺れる。

「人はそれを恋と呼ぶ。」

齋藤は独り言のように呟き、そしてどこかへ消えた。


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