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第14章 誠と正義と

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河合さんを斬らずに済むのなら、それが一番。

でも斬るのなら、この手で斬る。

それが薫の考える誠だった。



薫の思いとは裏腹に、一日また一日と日は過ぎていく。



「ダメダメダメ!そんな刀の振り落とし方では狙った所に刀が入りませんよ。」

「は、はい!」

「もう一度!」

沖田は日ごろの優しい姿を疑いたくなるほど、厳しかった。

素人に毛が生えた程度の人間が介錯をすると言い出したのだから、

厳しくても当たり前だと薫はめげずに稽古に励んだ。



それを遠くから眺める二人の姿があった。

「止めなくてよろしいのですか。」

「好きにやらせろ。総司もついている。」

「しかし、副長がまさかお許しになるとは思いませんでした。」

「あいつは下手な侍より度胸がある。

総司の鬼のような稽古に必死に食らいついているくらいだからな。」

束の間の素顔。

齋藤は楽しそうに二人の姿を眺める土方を見て、思った。

「そういう女だ、あいつは。」

薫を一瞥すると、土方は齋藤と共に部屋の中に入った。



「河合の件は隊内に波紋を呼んでいるようですな。」

畳に腰を下ろすなり、齋藤は話を切り出した。

「河合は新選組結成以来の同志だからな。世話になった連中も多いだろう。」

死んで欲しくないというのは、この鬼と呼ばれる男すら同じ思いなのだ。

「飛脚はまだか。」

土方は問うたが、齋藤は首を横に振るだけだった。

「近藤さんがいれば…。」

この部屋の中だけが、土方を素直にさせる。

失言と悟った時には、齋藤が別の話にすり替えた。

「そういえば、近藤さんは既に広島に入られたそうです。

伊東と篠原はどうやら近藤さんと別行動をとっているらしく、

話によれば尊王攘夷の過激派と接触を試みているとか。」

「尾形からの書状か。」

土方の予想通り、伊東は近藤と別行動をとって、

老中に会ったり、はたまた毛利の支藩の連中と会合をしたりと怪しい動きを見せている。

「齋藤、伊東は新選組を乗っ取るつもりだ。」

「同感です。」

「山崎からの報告はまだか。」

「未だありませぬ。」

長州には行った山崎からは未だ報告が上がってきていない。

伊東の前では納得したような素振りを見せていたが、土方は長州征伐への出兵を諦めたわけではなかった。

長州征伐で手柄を上げれば、過激な連中と手を組む伊東派を抑え込むことができるし、

新選組の名声も上る。

確固たる証拠を土方は求めたが、頼みの山崎からは昨年末から今まで未だ何の報告もない。



「まだまだ!次!」

「は、い!」

稽古場で繰り広げられている薫と沖田の鬼のような稽古の音が焦る土方の耳にも届いていた。

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