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第14章 誠と正義と

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薫が長州に潜伏している間、屯所の空気は緊張感が漂っていた。

毎日のように隊士の誰かが脱走したとか、勝手に金策をしたとか、そんな理由で人が死んでいく。

それに怒りを覚える者もあれば、恐れおののく者もあった。

彼らすべてに共通して言えることは、皆土方歳三を恐れているということだ。



長旅で身も心も疲れ切った薫を待ち受けていたのは、名前も知らぬ新入り隊士の切腹姿であった。

既に首は胴と切り離され、土気色の地面は赤く染められている。

それらは既に日常と化しているのか、誰も驚く風ではない。

むしろ、薫がそこにいることの方が珍しいと言いたげに、懐かしい顔ぶれが薫を取り囲んだ。



「おぉ、久しぶりだな。よく生きて帰ってきたな。」

何事もなかったかのように、永倉は薫の頭をガシガシと無遠慮に撫でまわす。

「生きて帰っただけでも上等よ。どうだ、長州は。戦おっぱじめる気か。」

「長州と戦になりゃあ、一番槍は俺様だ!」

永倉を始めとして、井上、原田の姿はあったが、いつも一緒にいる藤堂の姿はそこにはなかった。

薫は不器用な笑顔を浮かべるのが精一杯で、それ以上何も言えなかった。

「ちょっと、井上さんも永倉さんも油を売ってないで片付け手伝ってくださいよ。」

沖田が中庭で一人遺体を片付けている。

それに気づいた彼らも薫から離れ、そちらの方に去っていた。

近藤のいた頃とあまりにかけ離れた屯所の雰囲気に薫はまだ受け入れられずにいる。

誰かが死んだ跡を薫は遠い目で呆然と眺めた。



「果たして、これは正しいのだろうか。」

部屋の奥から声がする。

いつもやんちゃな藤堂の声だ。

「藤堂先生。」

「挙国一致で攘夷に当たらなければならないのに、俺達は何をしているんだ。」

思いつめた様に、深刻な顔で血塗られた地面を見つめている。

「こんなことを続けていたら、いずれ人の心は離れていく。」

いつもの明るい藤堂の姿はなかった。

「藤堂先生、あの…!」

薫の存在が視界に入っていなかったのか、ようやく藤堂が薫の方を見た。

「薫、いつの間に戻って来ていたんだい。」

「今しがたです。ちょっとびっくりしましたけど。」

「こんなことばっかりだよ。

3日前にも脱走した罪で新しく入って来た隊士が腹を切った。」

藤堂はそう言いながら、深いため息をつく。

「こんなことじゃ、いつまで経っても先生の理想は実現しない。」

「先生の、理想?」

「あ、今のは忘れて!

それより、土方さんがきっと血眼になって君を探していると思うよ。」

しまった、というような顔を浮かべて藤堂は言うと、小走りで屯所の奥へ消えて行った。



何もかもが、違う。



薫が感じる違和感はますます大きくなるばかりだった。



そして、薫が行きついたのはあの、懐かしい部屋だった。



主のいない一室の中心で薫は天井を見上げた。

微かに土方の香りが部屋に漂う。

それが私の帰る場所はここなのだと教えてくれているような、そんな気がした。



土方の部屋に続く、物置のような小さな部屋に薫は自分の荷物を置いた。

あとは主を待つだけだ。

しかし、待てど暮らせど土方は現れなかった。



「くそったれ。」

待ちわびた声がした時にはすっかり日が暮れて、薫は畳も敷かれていない土間の上で眠っていた。

月明りだけが頼りの室内で、立ち尽くす土方の姿を薫は眠気眼でぼんやりと捉えた。

「副長…。」

予想していなかった薫の声に、土方は殺気立った目を薫に向けた。

「薫。」

殺気はすぐに土方の中に押し込められ、少しだけ柔らかな雰囲気をまとった土方が薫の方へ近づいて行く。

薫の胸にはようやく会えたという喜びと、かつてと変わらない土方の姿に安堵する思いが広がっていた。

「無事であったか。」

そして、薫はその場に居直り、ゆっくりと頭を下げた。

「お役目、果たしてまいりました。」

「…ご苦労だった。」

土方はそれだけ言うと、部屋を出てどこかへ行ってしまった。



誰もいなくなった静かな部屋。

残っているのは、そこにいたはずの土方の残像だけ。

薫はすぐに虚無感に襲われた。



私は何を期待していたんだろう。

愛?

喜ぶ土方の姿?



どれもあり得るはずのないことなのに。



薫は静かに涙した。


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