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第14章 誠と正義と

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結局、河合には十日の猶予が与えられた。

十日のうちに実家から50両送られてきたならば、今回のことは不問とする。

ただし、十日のうちに50両届かなければ、切腹。

それが土方にできる最大の温情であった。

そして、薫は来る十日後に備え、齋藤の下を訪れていた。



「河合の介錯か。」

刀の手入れに勤しむ齋藤は、太陽の光を反射して光る刀身から目を離さず言った。

「勿論、せずに済むならそれにこしたことはありません。

でも、もし来るべき時が来たら、私は河合さんを苦しませたくありません。」

「よく土方さんが良いと言ったな。」

「副長に言ったんです。

土方歳三は私の正義であり、誠だって。」

「大層な殺し文句だ。」

「齋藤先生、私は本気です。」

薫がそう言いかけたとき、ヒュッと風を切る音がした。

刀が喉元に突きつけられている、と気づいたときから薫は息ができなくなった。

「人を斬るということは、こういうことだ。」

齋藤は薫から刀を離し、鞘の中に収めた。



一瞬にして殺気をこめ、そして刹那に殺気を消す。

こんな芸当は日本中を探しても齋藤にしかできない。

立ち竦む薫を尻目に齋藤は部屋の中へ消えた。



「何を面白いことやっているのかと思ったら、薫さんでしたか。」

庭の奥の方からひょっこりいたずら顔の沖田が姿を現した。

「沖田先生。」

「齋藤先生はお優しい方ですね。」

「え?」

今のどこが優しいのか、薫には理解できなくて沖田にその意味を聞き返した。

「貴方に人を斬らせたくないのでしょう。」

「齋藤先生…。」

どんな話をしているときも表情一つ変えない齋藤の感情は薫にはわからない。

きっと同じ刀を振るう者として、沖田はその心情を読み解くことができるのだろう。



「お教えしましょうか、首の斬り方。」

薫は沖田を見上げた。

冬だというのに、鋭い陽射しが薫の目を突き刺す。

「沖田先生、よろしいんですか。」

「私は土方さんや齋藤さんのように優しくはありませんからね。」

沖田はフフ、といつものように無邪気に笑う。

でも、と沖田はつづけた。

「月に帰れなくなるかもしれませんよ。」

「月?」

「貴方はかぐや姫ですから。

地上で業を背負えばお迎えは来ないかもしれませんよ。」



夜空に浮かぶ月を眺めながら現代の世を懐かしんでいたとき。

沖田にかぐや姫のようだと言われたことがある。

結局、私は何者にもなれずにいる。

先日、沖田に言われた言葉が薫の頭に過る。

「沖田先生は以前おっしゃいましたよね。

切腹はただの死ではない。土方さんなりのはなむけだ、って。」

沖田は口元に笑みをたたえ、そんなこと言ったかもしれませんと答えた。

「私には切腹がはなむけという言葉がどういうことなのか、わかりません。

でも、今は河合さんの命と向き合いたいんです。」

「…わかりました。ならば、この沖田総司が請け負いましょう。」

沖田は刀を薫に渡すと、薫はゆっくりと刀身を鞘から抜いた。

陽の光を反射して、白銀の刀身はきらめいた。
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