維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

文字の大きさ
上 下
94 / 154
第14章 誠と正義と

10

しおりを挟む
結局、河合には十日の猶予が与えられた。

十日のうちに実家から50両送られてきたならば、今回のことは不問とする。

ただし、十日のうちに50両届かなければ、切腹。

それが土方にできる最大の温情であった。

そして、薫は来る十日後に備え、齋藤の下を訪れていた。



「河合の介錯か。」

刀の手入れに勤しむ齋藤は、太陽の光を反射して光る刀身から目を離さず言った。

「勿論、せずに済むならそれにこしたことはありません。

でも、もし来るべき時が来たら、私は河合さんを苦しませたくありません。」

「よく土方さんが良いと言ったな。」

「副長に言ったんです。

土方歳三は私の正義であり、誠だって。」

「大層な殺し文句だ。」

「齋藤先生、私は本気です。」

薫がそう言いかけたとき、ヒュッと風を切る音がした。

刀が喉元に突きつけられている、と気づいたときから薫は息ができなくなった。

「人を斬るということは、こういうことだ。」

齋藤は薫から刀を離し、鞘の中に収めた。



一瞬にして殺気をこめ、そして刹那に殺気を消す。

こんな芸当は日本中を探しても齋藤にしかできない。

立ち竦む薫を尻目に齋藤は部屋の中へ消えた。



「何を面白いことやっているのかと思ったら、薫さんでしたか。」

庭の奥の方からひょっこりいたずら顔の沖田が姿を現した。

「沖田先生。」

「齋藤先生はお優しい方ですね。」

「え?」

今のどこが優しいのか、薫には理解できなくて沖田にその意味を聞き返した。

「貴方に人を斬らせたくないのでしょう。」

「齋藤先生…。」

どんな話をしているときも表情一つ変えない齋藤の感情は薫にはわからない。

きっと同じ刀を振るう者として、沖田はその心情を読み解くことができるのだろう。



「お教えしましょうか、首の斬り方。」

薫は沖田を見上げた。

冬だというのに、鋭い陽射しが薫の目を突き刺す。

「沖田先生、よろしいんですか。」

「私は土方さんや齋藤さんのように優しくはありませんからね。」

沖田はフフ、といつものように無邪気に笑う。

でも、と沖田はつづけた。

「月に帰れなくなるかもしれませんよ。」

「月?」

「貴方はかぐや姫ですから。

地上で業を背負えばお迎えは来ないかもしれませんよ。」



夜空に浮かぶ月を眺めながら現代の世を懐かしんでいたとき。

沖田にかぐや姫のようだと言われたことがある。

結局、私は何者にもなれずにいる。

先日、沖田に言われた言葉が薫の頭に過る。

「沖田先生は以前おっしゃいましたよね。

切腹はただの死ではない。土方さんなりのはなむけだ、って。」

沖田は口元に笑みをたたえ、そんなこと言ったかもしれませんと答えた。

「私には切腹がはなむけという言葉がどういうことなのか、わかりません。

でも、今は河合さんの命と向き合いたいんです。」

「…わかりました。ならば、この沖田総司が請け負いましょう。」

沖田は刀を薫に渡すと、薫はゆっくりと刀身を鞘から抜いた。

陽の光を反射して、白銀の刀身はきらめいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―

馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。 華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。 武士の世の終わりは刻々と迫る。 それでもなお刀を手にし続ける。 これは滅びの武士の生き様。 誠心誠意、ただまっすぐに。 結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。 あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。 同い年に生まれた二人の、別々の道。 仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )

伊藤とサトウ

海野 次朗
歴史・時代
 幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。   基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。  もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。  他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...