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第14章 誠と正義と

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薫の帰京から遅れること約2週間。

近藤を始めとする訊問団参加者が京に戻って来た。

近藤の不在に隙を見せてはならぬと気持ちを張りつめていた土方もこの日ばかりは自然と笑みがこぼれた。

「帰ったぞ。」

「ご無事で何より。」

二人の会話はそれだけで良かった。

それだけで、お互いの苦労だとか思いだとかを共有できる。

薫はそれをただ遠目に見つめていた。



私がどんなに手を尽くしても見せてくれなかった笑顔を一瞬で取り戻すなんて。

どす黒い感情が心を支配する。

長年一緒にいる存在なのだから、当然と言えば当然なのに。

一体、私は何に嫉妬しているのだろう。



薫は自分の中に生まれつつある負の感情を振り切るように、二人から目を逸らしその場を後にした。




そんな薫をよそに、帰宅早々近藤、土方、伊東の三名は局長の部屋に集まった。

「長州が戦支度を整えていることは間違いない。」

「奴らを追い詰めるいい口実ができたって訳だ。」

「土方君、それは急ぎすぎた意見だ。」

伊東の切れ長の目が土方を捉えた。

土方も負けじと、伊東を睨む。

「それはどういう意味ですかな、伊東先生。

長州がご公儀の命に従おうとせず、

着々と軍備を整えていることを指をくわえてみていろとでも?」

「そうではない。

そも、幕臣共に長州と戦う気でいる者など皆無なのだ。

我々新選組や会津だけで戦ったとしても、分が悪すぎる。」

「薩摩がいる。」

顔をしかめる近藤が重い口を開いた。

「恐らく、薩摩は…兵を出すことはない。」

「どういうことだ。」

土方は初めて聞いた事実に衝撃を隠せなかった。

「薩摩と長州が密かに手を結び、エゲレスの武器を横流ししているという話を聞いたのだ。」

「薩摩がいなくても勝てる。天下の徳川だぞ。」

目を泳がせる土方は子供の強がりのように反論した。

そして、彼はそれほどまでに徳川の力を盲目に信じていた。



「旗本は腐っている。奴らに徳川を支えるだけの気骨は最早あるまい。」

「だから、俺達が長州でひと暴れすればいい話だろう。」

「我々新選組のお役目は京の治安を守ること。

会津の兵が長州へ攻め上った後、一体誰が京を守るのです。

我々は後詰として京に残ることが最善です。」

土方は伊東の意見に対し、何も言い返すことはなかった。

近藤もその意見に同意し、話し合いはお開きになったが、

土方は伊東の勝ち誇った顔がどうしても気に食わなかった。





伊東は、新選組を乗っ取ろうとしている。

それが土方の考えの根底にずっと横たわっている。

伊東の策略により、藤堂は伊東の中に組み込まれ、山南は死を選ばされた。

今回の長州征伐にしたって、山南がいれば、

きっと新選組を長州に向かわせることが最善だと同意してくれただろう。

しかし、山南は取り戻せない。

土方は珍しく一人で酒を煽った。

花街の格子窓から島原の行き交う人々の姿が見える。

横に侍らせた妓が土方の杯を酒で満たした。

妓の名は君菊と言う。

薫や近藤のいない間に、島原に通っては君菊を席に呼び、酒を飲んだ。

酒は好きではなかったが、酒を飲んで酔っ払わなければやってられないことがあまりに多すぎたのだ。



再び、杯を煽ったとき、視界の端に見覚えのある人影が土方の視界に飛び込んだ。

長い髪を頭の高いところでくくり、左の腰に二本差して歩く人影に、土方はすぐに見当がついた。

「薫…。」

「どないしはったんどす。」

隣の君菊が土方に顔を寄せ、土方の視界の先に目をやった。



一体薫が島原に何の用事だろうか。

土方は薫の動きをじっと見つめた。

誰かを探しているのか、辺りをきょろきょろと見渡している。



俺を探しに来たのか。



土方は、君菊に厠へ行くと言って席を立とうとしたとき思わず目に飛び込んできた光景に戦慄が走った。

そして、土方は我を忘れて外へ飛び出していったのである。




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