73 / 154
第12章 戦争と平和
2
しおりを挟む京の街に再び暑い夏が訪れようとしている。
この暑い夏を迎えるたびに、薫は短い夏の恋を思い出すのだろうか。
懐に忍ばせた一枚の手紙。
肌身離さず持ち歩いているせいか、既にくしゃくしゃで紙は色あせている。
しかし、彼の書いた文字は黒々としてそこに存在している。
「何をしている。」
座敷の方から土方の声がして、薫は手紙を急いで元のありかにしまった。
「ちょっと、感傷に浸っていただけです。」
土方の方に向き直った薫ははにかみながら冗談めかしてそう言ったが、
土方は硬い表情のまま薫を見下ろしている。
「今日は大事な客人が来る。丁重にもてなすように。」
「承知いたしました。」
土方はそれだけ言うと踵を返し、奥の方へ戻っていった。
大事な客人とはどんな人なのだろうか。
とても偉い人なのかな。
料亭みたいな豪勢な料理を作るべき?
それとも、小ぢんまりしているけど私の得意料理?
うーん、と今日の献立を考えていると卵売りの声が遠くから聞こえてくる。
卵…。
卵…。
卵…。
「そうだ!」
薫はある料理を思いつき、颯爽と屯所を駆け出して卵売りを呼び止めた。
薫は一人黙々と料理を作っている。
いつもならばお手伝い衆が現れる頃になっても誰一人姿を見せずにいたが、
薫は料理に集中していて気が付いていない。
「なんだかいい香り…。」
香りに連れられて台所にやって来た男が一人。
沖田である。
「できた!」
「うわぁ!」
薫の大声に驚いた沖田は足元の段差に躓いてどてんっという音を立てて転がった。
「沖田先生、大丈夫ですか!」
「恥ずかしながら…。なんともありませんよ、これくらい。」
「沖田先生だけに特別味見させてあげます!」
竹でできた蒸し器のふたを開けると、辺り一面に湯気が立ち込める。
中から器を取り出して、匙で一掬いすると沖田の前に突き出した。
「熱いからふーふーして食べてください。」
薫がそう言うと、沖田は素直にふー、ふーと息を吐いて匙にのった黄色い塊を口にした。
「ふわふわ…卵ですか。」
「正解!茶碗蒸しです。」
「茶碗蒸し?変わった名前ですね。」
「あれ、まだ皆さん知らないんですね。
じゃあ、私の創作料理ということで!」
薫は鼻歌交じりに他の料理も揃えていく。
色とりどりのお膳に今日の気合の入れ具合が普段とは大違いであることを沖田は悟った。
「なんでまた、この四つのお膳だけ豪勢なんです?」
「副長が大事な客人だから丁重にもてなせとおっしゃって。」
「大事な客人…。あぁ、そういうことですか。」
「そういうことって?」
「薫さん、今日はあまり屯所の中をうろついてはいけませんよ。」
ふふふっ、といたずらっぽい笑顔を浮かべると沖田はどこかへ行ってしまった。
変な人、と首をかしげながら薫は準備が整ったお膳から客間へ運ぶことにした。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【受賞作】狼の贄~念真流寂滅抄~
筑前助広
歴史・時代
「人を斬らねば、私は生きられぬのか……」
江戸の泰平も豊熟の極みに達し、組織からも人の心からも腐敗臭を放ちだした頃。
魔剣・念真流の次期宗家である平山清記は、夜須藩を守る刺客として、鬱々とした日々を過ごしていた。
念真流の奥義〔落鳳〕を武器に、無明の闇を遍歴する清記であったが、門閥・奥寺家の剣術指南役を命じられた事によって、執政・犬山梅岳と中老・奥寺大和との政争に容赦なく巻き込まれていく。
己の心のままに、狼として生きるか?
権力に媚びる、走狗として生きるか?
悲しき剣の宿命という、筑前筑後オリジンと呼べる主旨を真正面から描いたハードボイルド時代小説にして、アルファポリス第一回歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」に繋がる、念真流サーガのエピソード1。
――受け継がれるのは、愛か憎しみか――
※この作品は「天暗の星」を底本に、9万文字を25万文字へと一から作り直した作品です。現行の「狼の裔」とは設定が違う箇所がありますので注意。
三賢人の日本史
高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。
その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。
なぜそうなったのだろうか。
※小説家になろうで掲載した作品です。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる