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第12章 戦争と平和

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京の街に再び暑い夏が訪れようとしている。


この暑い夏を迎えるたびに、薫は短い夏の恋を思い出すのだろうか。

懐に忍ばせた一枚の手紙。

肌身離さず持ち歩いているせいか、既にくしゃくしゃで紙は色あせている。

しかし、彼の書いた文字は黒々としてそこに存在している。

「何をしている。」

座敷の方から土方の声がして、薫は手紙を急いで元のありかにしまった。

「ちょっと、感傷に浸っていただけです。」

土方の方に向き直った薫ははにかみながら冗談めかしてそう言ったが、

土方は硬い表情のまま薫を見下ろしている。

「今日は大事な客人が来る。丁重にもてなすように。」

「承知いたしました。」

土方はそれだけ言うと踵を返し、奥の方へ戻っていった。



大事な客人とはどんな人なのだろうか。

とても偉い人なのかな。

料亭みたいな豪勢な料理を作るべき?

それとも、小ぢんまりしているけど私の得意料理?



うーん、と今日の献立を考えていると卵売りの声が遠くから聞こえてくる。

卵…。

卵…。

卵…。

「そうだ!」

薫はある料理を思いつき、颯爽と屯所を駆け出して卵売りを呼び止めた。



薫は一人黙々と料理を作っている。

いつもならばお手伝い衆が現れる頃になっても誰一人姿を見せずにいたが、

薫は料理に集中していて気が付いていない。

「なんだかいい香り…。」

香りに連れられて台所にやって来た男が一人。

沖田である。

「できた!」

「うわぁ!」

薫の大声に驚いた沖田は足元の段差に躓いてどてんっという音を立てて転がった。

「沖田先生、大丈夫ですか!」

「恥ずかしながら…。なんともありませんよ、これくらい。」

「沖田先生だけに特別味見させてあげます!」

竹でできた蒸し器のふたを開けると、辺り一面に湯気が立ち込める。

中から器を取り出して、匙で一掬いすると沖田の前に突き出した。

「熱いからふーふーして食べてください。」

薫がそう言うと、沖田は素直にふー、ふーと息を吐いて匙にのった黄色い塊を口にした。

「ふわふわ…卵ですか。」

「正解!茶碗蒸しです。」

「茶碗蒸し?変わった名前ですね。」

「あれ、まだ皆さん知らないんですね。

じゃあ、私の創作料理ということで!」

薫は鼻歌交じりに他の料理も揃えていく。

色とりどりのお膳に今日の気合の入れ具合が普段とは大違いであることを沖田は悟った。

「なんでまた、この四つのお膳だけ豪勢なんです?」

「副長が大事な客人だから丁重にもてなせとおっしゃって。」

「大事な客人…。あぁ、そういうことですか。」

「そういうことって?」

「薫さん、今日はあまり屯所の中をうろついてはいけませんよ。」

ふふふっ、といたずらっぽい笑顔を浮かべると沖田はどこかへ行ってしまった。

変な人、と首をかしげながら薫は準備が整ったお膳から客間へ運ぶことにした。


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