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第11章 過去と未来

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重い。

重すぎる。


箱根の山を越えるだけでも一苦労だというのに、

強がって女一人負ぶって登ることを決意した先刻の自分に苛立ちを覚える。

かといって、すやすやと寝息を立てる薫を起こすわけにもいかず、

山を登り切った所にある茶屋に薫を寝転がして、休憩をとることにした。

店の者に手伝ってもらい、ようやく座敷に薫を下ろして一息つく。


まったく、人様の前で寝姿を晒しやがって。

これが俺じゃなかったら襲われてるぞ。


そう心の中で毒づきながら、熱いお茶を啜った。



しかし、である。

夜這いやら遊郭やらで数多の女を抱いて来たというのに、何故俺はこいつを抱こうとしないのだろうか。



亡き母上に似ているから?

幼い頃は母上に似ていると思ったらしいが、今では母の顔など思い出せぬほど時が経ってしまった。

薫を見ても、母を思い出すきっかけにはならない。



そも、どういった心境で俺と一緒に閨を共にしているのだ。

傍から離れないと言ってみたり、死ぬときは一緒とか口にしたり。

かと思えば、こいつは長州の吉田とかいう男に思いを寄せていた。



池田屋の時に見た二人の姿は、愛し合う男女のそれだった。

俺の知らない薫を知っているのだと、そう思っただけで撫で斬りにしたくなるような衝動に駆られたが、

それと同時に薫をこれ以上悲しませたくはなかった。

そして、何より吉田の姿が誰よりも立派な武士に思えたから。

俺は苦しまぬよう急所を突いてとどめを刺した。



薫を見るたびに、心に広がる温かさのような、穏やかな感情の名を俺はまだ知らない。







それから間もなくして、薫は目を覚ました。



薫が目を覚ますと、そこは街道沿いにある茶屋の座敷であった。

既に土方は旅支度を整え、出発しようとしている。

「私、寝てしまったんですね。」

「峠は越えたぞ。」

目深に笠をかぶり、土方は答えた。

「あ、ありがとうございます。」

体を起こし、脱ぎ捨てられた草履に足を入れる。

「歩けるか。」

「も、もう大丈夫です。迷惑かけてごめんなさい。」

慌てて草履の紐を結ぼうとする薫の手を土方は払いのけて、薫の草履の紐を軽やかな手つきで結ぶ。

「草履の紐が緩いから歩けなくなる。結ぶときはきつく結べ。」

土方は一向に薫の方を見ようとはしなかった。


何か怒っているのだろうか。



薫はありがとうございます、と深く頭を下げて先を行く土方の後を追った。

「急ぐぞ。日が暮れる前に小田原に着かないと、齋藤たちが心配する。」

「は、はい!」



これまでの険しい坂道から、道は緩やかな下り坂へ変わっていた。



あれだけの厳しい道を人一人担いで乗り越えてくれたのだと思うと、

土方の背中が心なしかいつもより大きく見えた。


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