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第10章 誠か正義か
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しおりを挟む悲しくも時を告げる太鼓が寺の方から聞こえてくる。
それは山南の死を告げる太鼓でもあった。
全ての支度が整い、近藤局長以下幹部は勢ぞろいしている。
更には、廊下の方まで多くの人が押し寄せていた。
「山南はん!」
格子戸の方から女性の可憐な声が聞こえる。
山南がその声を聞いて障子を開ければ、綺麗な女の人が現れた。
「明里…。」
格子戸から山南の手が伸びて、明里の白い肌に触れた。
「山南はん…、うち、待ってる。
ずっと待ってるから、一緒に嵐山行こな。」
「あぁ。必ず行くから、待っていてほしい。」
未練を断ち切るように格子戸はピシャリと音を立てて閉められた。
そして、山南は立ち合い者に向かって一礼すると、上半身を露わにした。
不思議と涙は出なかった。
もう、泣きすぎたからかもしれない。
最期まで静かで穏やかだった山南はその生涯に自ら幕を引いた。
月はこんなときでも明るく空を照らしている。
かぐや姫を置いて先に月へ行かれてしまったのですね。
山南の前では涙一つ出てこなかったのに、急に涙があふれた。
「月が綺麗だな。」
庭の影から男が一人現れた。
「齋藤先生。」
「あんたまで月に攫われそうな夜だ。」
「山南先生に誠を貫けと言われました。」
「あの人らしい。」
「先生は誠を貫くために逝かれたのですね。」
「そうだ。」
齋藤は表情一つ崩さず、月を見上げている。
「武士道といふは死ぬ事と見つけたり、か。」
独白のように呟くと、齋藤は縁側から家へ上がりそして部屋の中へ消えた。
あれは齋藤先生流の悲しみ方なのだ。
涙を流さずとも、声を上げずとも、齋藤先生は山南先生を悼む気持ちは私と何一つ変わらない。
薫は月から目を離し、戻るべき部屋へ足を向けた。
きっと今頃、目を腫らして泣いていることだろう。
その涙を掬うのは、私の役目だから。
そうですよね、山南先生。
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