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第10章 誠か正義か
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しおりを挟むあの日、六角獄にさえ行かなければこんなことにはならなかったのだろうか。
そんなことはない。
たとえ六角獄に行かずとも、山南は己の信じる正義を貫くか、
近藤勇への誠を貫くか選ばなければならない時が来るはずだ。
「実は先日、中村殿と会った。」
薫は返事をする代わりに鼻を啜った。
そして、袖で涙を拭き、ようやく茶碗から顔を離した。
「何も会おうとした訳ではない。街で偶然会ったのだ。」
何かを懐かしむような目をして言った。
「君は、私が中村殿に会うことはないと言い切ったそうだね。」
「はい。」
「それを聞いたとき、私は妹分の君がとても誇らしかったよ。」
涙は薫の意思を超えて、とめどなく溢れた。
月は雲に隠れ、わずかにこぼれる光だけが空を明るくさせる。
土方に言うべきか言わざるべきか。
薫の心は苦渋した。
きっと山南は薫を信じて、心の内を明かしたのだ。
ここで土方に話せば、山南を裏切ることになる。
だからと言って、山南が死ぬのをこのまま見過ごしていいのか。
そんなことはできない、出来る訳がない。
「よくやった。」
土方が戻って来た。
山南の功績をいたく喜んでいるのか、少し声が上ずっている。
「これで来月には西本願寺に移転できることだろう。」
饒舌に今後のことを土方は薫に話した。
江戸にいる藤堂が隊士を募ってくれているらしく、春の終わりごろか夏の初めには大勢の隊士を抱えることになる。
「そしたら、新選組をいくつかの組に分け、監察方も倍増する。
賄い方もお前以外に何人かつけてやろう。」
「ありがとうございます。」
目を爛々とさせ語る土方はかつての歳三を彷彿とさせる。
「上は俺と山南さんで固める。伊東がしゃしゃり出る幕ぁねえさ。」
薫は山南、という言葉に無意識のうちに反応していた。
自分でも予期せぬ動きに思わず、手で口を覆った。
「どうした、薫。」
「いえ。大丈夫です。…少し、具合が悪くて。」
そう言うと、土方の大きな手が薫のおでこにあてられた。
「熱はないみたいだ。年が明けてから、ろくに休んでなかっただろう。
明日くらいは、ゆっくり休め。」
土方は薫の肩に己の羽織を掛けた。
嘘とは言わぬまでも、山南のことを土方に話せなかったことが辛い。
手をついて、頭を下げると薫は自分の布団の中に入った。
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