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第8章 絆と予感

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薫は土方に言われた通り、紋付き袴に着替え近藤、土方の後ろに正座をして座った。

「いいか、俺たちと同じようにしろ。俺たちが頭を下げたら、お前も頭を下げる。わかったな。」

「は、はい。」


黒谷とは京都守護職屋敷のことを言うらしく、会津藩の人々が忙しなく働く姿を見かけた。

二人がここへ急いだのは恐らく永倉たちの談判を受けてのことであろう。

厳かな雰囲気に包まれた広間に、薫は緊張していたが時間が経つにつれて余裕ができてきて、
広間から見える外を眺めた。



立派な池と灯篭と苔。



修学旅行で京都を回った時も世界遺産の日本庭園を見て、同じことを思った。

私は高校生の時と何も変わっていない。


薫は心の中で苦笑した。


「殿のおなりである。」

どこからかそんな声が聞こえてきて、近藤、土方両人は深く頭を下げた。

薫もそれに倣って頭を下げる。



「表をあげよ。」

若い男の声がした。

殿様というから、もっと年老いた初老の男性を想像していたが、会津候は思いの外若い。



「永倉たちの書状は読ませてもらった。」

近藤は頭を下げたままだ。

「全て拙者の不徳の致す所にござりまする。」

近藤の大音声が広間を通り越し、庭の木々を揺らした。

「然らば、どうか咎は拙者に御命じ頂きたく存じまする。」



それは近藤の命を懸けた申し出であった。


近藤の姿こそが沖田が寺の境内で大丈夫だと言い切った理由そのものだろう。

薫にはその背中が封建制度を打ち破り、
百姓の身から武士にのし上がった男の器の大きさを物語っているように見えた。


「近藤、命は上様の御為に尽くせ。」



近藤は腹の底からハッ、と返事をした。

「此度の一件、互いの行き違いによるもの。

酒宴を設け、腹を割って話し水に流そうではないか。」



薫はちらりと会津候の顔を伺った。

色白く線は細いが、上品な顔立ちで笑みを湛え近藤を見ている。

お公家さんみたい。

薫は思った。



会津候が席を立ってまもなく近藤を残し、土方は薫を連れて控えの間に下がった。

薫は部屋の隅でじっと土方を見つめた。

腕を組んで中庭をただじっと土方は眺めている。

何も言わないけれど、彼がほっと胸を撫で下ろしているのがわかった。

「こういう謀反の終わらせ方も、あるんですね。」

「どういうこった。」

「副長が謀反とおっしゃるから、本能寺の変みたいなのを想像していました。」

そう言うと、土方はフフッと珍しく声を出して笑った。

「お前さんも極端だな。」

「無学ですみませんね。」

「ま、こんな終わらせ方ができるのは近藤さんを置いて他にはいねえさ。」

「そうですね。」



その日は夜遅くまで宴の騒ぎが止むことはなかった。





その頃。

山南は、島原にいた。



またここに来てしまった、と自分を恥じながらも足が向くのを止められぬ。


隣で山南に肩を寄せるのは先日以来馴染みになった明里という女であった。


香が焚き染められた着物、おしろいの香り。

全てが愛おしい。



「山南はん。」

「何や、今日は嬉しそうどすなぁ。」

「君にもそう見えるかい。」

「ええことでもあったんどすか。」

「妹、いや弟分のように可愛がっている子がね、私を心配してくれたんだよ。」

「山南はんは慕われてはるんやね。」

「いや、孤独だと嘆いてばかりだった自分を恥じている。」

「先生は真面目どす。

島原にいるとき間だけでも、ありのままの山南はんでいておくれやす。」

「明里…。」

明里の澄んだ瞳を見つめ、抱きしめた。

「君には敵わないな。」



平野の辞世の句をふさわしい人に託すべきだと進言してくれたのも明里だった。

そして、今は慕ってくれる後輩のことを一緒に喜んでくれている。



山南はようやく安らぎの場所を見つけたような気がした。



中庭に見える紅葉は赤く色づき、地面は銀杏の黄色い葉で埋め尽くされている。

「明里。」

「なんどすえ。」

「来年の秋は、嵐山に紅葉狩りに行こう。」



明里は顔を上げて、山南を見た。

山南の顔は真面目そのものだ。

明里は悲しいかな、女郎の身。

今の身の上では嵐山の紅葉を見に行くことは勿論、

一人で島原から出ることも許されない。

だからこそ、山南からの提案には大きな意味が含まれていた。



「本気で言うてはるん。」

「 武士わたしの言うことに嘘はない。」

「うち、待ってるえ。」

「あぁ。」

「嵐山の紅葉、ずっと待ってるえ。」

明里の瞳からうっすらと涙が落ち、頬を伝う。


山南の体を明里は強く抱きしめた。


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