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第8章 絆と予感
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しおりを挟むそれから数日後。
屯所には永倉たちが紋付き袴姿で列をなして歩いている姿があった。
「永倉先生!」
その姿を見つけた薫はドタドタと廊下を走りながら、列の先頭を行く男の名を呼んだ。
「東雲か。」
永倉は薫に冷たい目で見た。
どうやら薫は近藤側の人間だと判断されているようだ。
「どちらに行かれるのですか。」
「会津候に近藤さんの実情を訴えに行くのだ。」
「近藤局長はご公儀のために必死なのです。」
「必死なのはみんな同じだ。
近藤さんは試衛館道場以来一緒にやって来た仲。
彼が過ちを犯しているのなら、それを諫めるのが同志としての役割ではないか。」
永倉はそう言うと、薫の横を過ぎて玄関へ向かった。
「薫、俺たちのこと心配してくれてんのか。」
原田は薫の頭をよしよしと撫でて言った。
「副長がこれは謀反だと…。」
「謀反か。悪くねえな。」
「殺されるかもしれないのに。」
「死ぬのが怖くて侍なんてやってられるかよ。」
飄々と鼻歌まじりに原田は去っていく。
志だとか、名誉だとか、誇りだとかのために
武士と呼ばれる男たちは簡単に命を捨てていく。
私を置いて皆どこかへ行ってしまうような喪失感に襲われる。
「案ずるな。」
斎藤は独り言のようにそれだけ呟くと、永倉や原田に引き続いて屯所を出て行った。
遠くから子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
子供の明るい声だけは150年前も現代も変わらない。
薫は少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
玄関を飛び出して声のする方へ歩いてみると、沖田が子供たちと鬼ごっこをして遊んでいた。
「あれ、薫さんも鬼ごっこをしに来たんですか。」
沖田は子供のような無邪気な笑顔で言う。
「ほんなら、姉ちゃんが鬼や!」
「皆、逃げよー!」
子供たちは一斉に走り出して散り散りになっていった。
薫は諦めて鬼になることにした。
寺の境内を縦横無尽に走り回る子供たちを無心で追いかける。
「待て待て!それッ!タッチ!」
「捕まってもうた…。姉ちゃん強いなあ。」
「あとは沖田はんだけや。」
沖田は中々すばしっこく、捕まえられそうで捕まえられない。
「鬼さん、こちら!」
桜の木の下に立つ沖田はあっかんべえをして薫を挑発する。
薫は既に息も絶え絶え。
「沖田さん…、速い。降参。」
「えぇ。降参しちゃうんですか。つまんないの。」
「ちょっと休憩。」
そういって薫はお堂の入り口に腰かけた。
子供たちは既に違う遊びに移って、皆で蝶々を捕まえようとしているらしかった。
「皆、元気ですね。」
「薫さんは、元気なさそうですね。」
「沖田さんが能天気なだけですよ。」
「ひどい言い草だなぁ。こう見えても悩みはあるんですよ。」
「え。ちょっと気になります。」
「ふふふ、秘密です。」
沖田は天真爛漫な笑顔で薫をからかった。
「…永倉さんたち、大丈夫かな。」
「何かあったんですか。」
うん、と言うように薫は頷いた。
「近藤先生が図に乗っていると会津候の下に談判に行ってしまいました。」
「そうですか。」
「そうですかって…。副長は謀反だと息巻いていたんですよ。」
「それで?」
「え?」
「薫さんは何を心配しているんですか。」
「だ、だって…謀反って明智光秀みたいになるってことですよね。」
ハハハ、沖田は大きな口をあけて笑った。
「案外、薫さんも古風ですね、明智光秀って。」
「謀反と言えば明智光秀ぐらいしか、知らないし。」
「大丈夫ですよ。近藤先生も永倉さんも昔から何一つ変わっていない。
もちろん、土方さんも原田さんもね。」
沖田は遠い目で空を見上げた。
空には鱗雲が漂い、秋の訪れを告げている。
きっと彼は試衛館道場にいた頃を思い出しているのだろう。
「斎藤先生も原田先生も皆大丈夫っておっしゃったけど、
不思議と沖田先生の大丈夫が一番安心します。」
「一番皆のことを知っているのは私なのかもしれませんね。」
「薫!」
境内に不機嫌そうな土方の声が響いた。
土方は紋付き袴に着替え、更には馬を引いている。
「副長。」
土方の声を聞くのはいつぶりだろうか、と呆けていると再び、薫と苛立ちを隠さぬ声音で名前を呼ばれた。
「黒谷へ行くぞ。」
「え、あ、はい!」
訳も分からぬまま、土方から何か包まれた風呂敷を押し付けられ、
薫はされるがまま馬に跨った。
土方の息遣いが丁度襟足にかかってくすぐったい。
これは想像以上に、土方と近い。
経験はなかったが、テレビドラマでよく見かけるバイクの二人乗りみたいだ。
「しっかり捕まってろ。」
土方は言うや否や、馬に鞭を打って走り出した。
「キャッ!」
その走り出しに思わず薫は悲鳴を上げ、必死に鞍にしがみつく。
乗馬なぞ勿論経験はない。
これが初めての馬上である。
「落ちる!」
グラグラとふらつく薫を見かねて薫の体に土方の腕が回された。
「バカ、ちゃんと座れ。」
土方の温かい手が薫の腰の辺りに触れる。
薫は馬から落ちるとかそんなことお構いなしに、
その土方の手が触れる部分に全神経が注がれるような気がした。
見る見るうちに顔が赤く染まっていくのが自分でもわかる。
薫は生きた心地のしないままに黒谷へ到着した。
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