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第7章 平穏と不穏

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最近山南先生が外出することが増えた気がする。


昼食の片づけが終わって山南の所へ行っても部屋にいないのだ。

同じ部屋に住む同僚に聞いても、どこかへ出かける風だったとしか答えず、どこへ行ったのかもわからない。

「どうしたの、浮かない顔して。」

珍しく台所に現れたのは藤堂だった。

「山南先生ちょくちょくどこかへ出かけてるみたいなんです。

会いに行ってもいらっしゃらなくて…。」

「もしかして、“これ”…できたんじゃない?」

そう言って藤堂は右手の小指を立てた。

「まさか、山南先生に限って。」

「いつもお堅い山南さんだから、案外ハマったら底なし沼なのかもしれないよ。」

ニヤニヤと笑う藤堂に、薫はプイッと頬を膨らませたまま反対の方を向く。

「私にとって山南先生は尊敬できる先生なんです。」

「悪かったって。お願いだから、機嫌直してよ。」

「ふんっ。」

「わかった。みたらし団子おごる!」

「乗った!」






そして、今薫と藤堂は団子屋にいる。

「みたらし団子と海苔団子とおはぎと…。」

「薫、みたらし団子だけって約束でしょ。」

「私の機嫌をなおしたいんじゃないんですか、藤堂先生。」

「こりゃ一本取られたな。」

「何している。」

「斎藤先生!」

団子屋の前で騒いでいると巡察帰りの齋藤が二人に声をかけた。

「薫に団子をたかられているんですよ…。」

トホホ、と言わんばかりに藤堂は眉毛を下げて項垂れた。

「俺ももらおう。」

「斎藤さん!」

藤堂の悲鳴が京の街に響いたことは言うまでもない。





「藤堂先生、江戸に下るんですか。」

団子をほおばりながら薫は藤堂に尋ねた。

「私が試衛館に出入りするまで伊藤道場という北辰一刀流の道場に通っていたんだけど、
そこの先生から手紙が来てね。
是非新選組に加わりたいとおっしゃっているんだ。」

「道場の先生が加わったら、即戦力になりますね。」

「近藤先生と同じくらい尊敬できる先生なんだ。
近藤さんが江戸に下る前に先に行って話をつけてこようと思ってね。」

「藤堂先生がいらっしゃらないと、屯所が少し寂しくなりますね。」

「私が帰ってくる頃にはうんと賑やかになっていると思うよ。楽しみにしてて。」

「はい!」


斎藤は藤堂と薫のやり取りを黙って聞いていた。


近くに用があるから、と藤堂がいなくなった後、齋藤はゆっくり茶を啜って言った。


「心配だ。」

「何がですか。」

「新たな集団が加わるということは新たな派閥ができるということ。

芹沢の時のようなことにならなければいいが。」

芹沢、と言えば薫が土方の元に現れる以前に新選組を牛耳っていた男のことであるというのは薫も知っていたが、
それと今回のことがどう結びつくのかは理解できなかった。

「斎藤先生はいつも先を見据えて物事を考えてらっしゃるんですね。」

「…大したことではない。」

斎藤は少し照れくさそうに答えた。




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