32 / 154
第5章 To be, or not to be.
8
しおりを挟む土方達は鴨川の東側、特に祇園の周辺を捜索することになっていた。
しかし、この日は祇園祭の宵々山に当たる日で、見物客で人がごった返している。
祇園会所を出発してから何軒も宿を当たったが、刀を差した人の姿は見受けられない。
八坂神社に通じる大通りに多くの山鉾と呼ばれる山車のようなものがあちらこちらに飾られている。
山鉾の上には神棚が備え付けられ、山鉾に乗った人達がかねや太鼓を打ち鳴らす。
夜が更けてもそれは止まず、むしろ大きくなる一方だった。
「薫、いいか。」
「はい。」
「絶対に俺の横を離れるな。わかったか。」
「はい!」
薫は土方の横にピタリとついて片時も離れなずにいた。
何軒目かの宿を訪ね終えると、一人の男が土方の前に立ちはだかった。
いつもなら暗く判別できない人の顔も今日は山鉾の明かりに照らされて、男の表情まで見ることができた。
男は監察方の浅野薫であった。
「申し上げます。近藤局長以下池田屋にて浪士と遭遇、速やかに向かわれたし!」
浅野の言葉を聞くや否や、土方は駆け出した。
ここから鴨川の西側、三条大橋を渡ってすぐの所に池田屋はある。
走れば十分とかかるまい。
薫は土方に後れを取るまいと必死で走った。
時には人ごみに阻まれそうになったが、
新選組である、と叫びながら走り人の群れを掻き分け走り続けた。
池田屋にたどり着くと、玄関先で剣を交え奮闘する永倉の姿があった。
「加勢いたす!」
斎藤は目も止まらぬ速さで敵を薙ぎ払う。
「可能な限り召し捕れ!」
「承知!」
彼らは阿吽の呼吸で相手と向き合い、戦っていた。
これが、彼らの日常だ。
一歩でも足を踏み入れれば、命の保証はない。
自分を守ってくれるのは、己の腕のみなのだ。
薫は深く息を吸うと、刀を抜いた。
土方と一緒に池田屋の中へ入った時には既にほとんどの戦闘は終結しており、
暗い部屋の中には幾人かの死体が転がっていた。
初めて見る死体に薫は目を覆いたくなったが、
これが現実なのだと受け止めねばならないと目を逸らさず土方の後に続いた。
池田屋内部はほとんど片がついて、土方隊には会津藩と共に残党狩りが命じられた。
木屋町通りに沿って、大通りから細い路地にわたり隅々まで調べられた。
長州藩邸の近くに差し掛かった頃、薫は不穏な人影を見つけた。
「何者だ。」
薫は思わず飛び出した。
土方の制止も聞かず、細い路地裏へ入っていく。
人が一人蹲っている。
薫は蹲っている男に剣先を向けた。
「何者だ。」
名前を言っているようだったが、弱っているのか声が聞こえない。
蹲っている男に近づいて、様子を伺う。
「…長州…藩士、吉田稔麿…。」
雲間から月が顔を出し、わずかに明るくなる。
吉田の腹に突き立てられた刀が月の光を照り返した。
「稔麿さん…!」
薫は思わずその名を呼んでしまった。
「その声は…、花里、か。」
残っている力を振り絞って、吉田は顔を上げた。
一瞬だけ、目が合ったような気がした。
しかし、吉田の目は既に力を失い、薫の姿を捉えてはいなかった。
腹部からは血が溢れ返っている。
もう長くは持たない。
「介錯を…頼む…。」
薫は、震える手で刀を握り立ち上がった。
刀を振り上げ、吉田の首に狙いを定める。
しかし、涙があふれかえり視界がぼやけてよく見えない。
吉田の首元に一閃刀が突き立てられ、ザシュッ、という鈍い音がする。
小さなうめき声を聞こえ、吉田は絶命した。
体中の力が抜けて薫は崩れ落ち、先ほどまで振り上げていた刀は音を立てて地面に転がる。
「立て。」
見上げれば、薫の横には土方が立っていた。
薫の前に土方の大きな手が差し出されている。
私に泣くことは許されない。
彼を死に導いたのは、私なのだから。
涙を乱暴に拭うと、薫は土方の手を取り立ち上がる。
路地裏を去る時、薫は後ろを振り返った。
そこには一人蹲る男の姿だけがあった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
上意討ち人十兵衛
工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、
道場四天王の一人に数えられ、
ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。
だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。
白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。
その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。
城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。
そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。
相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。
だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、
上意討ちには見届け人がついていた。
十兵衛は目付に呼び出され、
二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる