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第5章 To be, or not to be.
6
しおりを挟む宮部の従者は女に引き連れられ、壬生村を去っていった。
女性は宮部が懇意にしている料亭の女将の使いらしい。
久々に女の格好をした薫は、彼らの姿を見失わぬ程度に後ろについてその後を追った。
恐らく彼が向かう先に宮部がいるはず。
壬生村を出て大通りを過ぎると木屋町に入る。
ここは長州藩邸や土佐藩邸も近く、尊王の志士達が多く集う場所として知られている。
島原に遊びに来ていた男たちもちらほら見かけるから、彼らの巣は近いはずだ。
見られないよう顔を俯かせ、時には裏路地に身を隠しながら二人の後を必死に追いかけた。
そして、従者は使いの女とともにある商家に入った。
その店は桝屋。
薫は身をひるがえし、急いで土方に報告せねばと駆け出す。
しかし、ただでさえ歩き辛い着物で走ろうとしたものだから、薫は前のめりに転がってしまった。
恥ずかしい。
周囲の目が自分に注がれるのに気づき、顔を袖で隠し立ち上がろうとした。
誰かが駆け寄り、薫の前でしゃがむ。
「大事ないか。」
聞こえてきた声は懐かしい人の声であった。
薫は声を出さず、頷き立ち上がった。顔を袖で隠し、そして男とは目を合わさぬようにして立ち去ろうとした。
しかし、男の腕が薫の手を掴み、それを阻む。
薫は顔を袖で隠したまま、離してください、と低い声で言った。
「離さん。」
男も負けじと強い口調で返事をした。
「花里。」
薫は振り向かない。
ただ、男と反対の方を向いたまま立ち尽くしている。
「顔を、見せてはくれんか。」
いつもの優しい声で男は言った。
振り向きたい衝動を抑え、薫は腕を振り払おうとしたが、
男の力は思いの外強く、男の手を振りほどくことはできなかった。
「ちょっと来い。」
薫は男に腕を引かれ、桝屋の中に連れ込まれる。
焦る薫であったが、それとは裏腹にこれはチャンスだと訴える別の自分もいた。
桝屋の暖簾をくぐり、玄関で薫は男と対峙させられる。
薫の予想通り、薫を引き留めたのは吉田稔麿であった。
諦めたように薫は顔から袖を離し、稔麿の顔を見た。
「会いたかった。」
吉田の手が薫の頬を包んだ。
薫は、おやめください、と伏し目がちに言った。
「私は会いたくなかった…。」
奥には大きな蔵がある。
ただの古物商にしては大きすぎる蔵だ。
「何故じゃ!なぜ、そんなことを言う。」
「苦しいから。あなたに会うと苦しいの。」
「花里…。」
吉田の指に薫の涙が伝う。
「私は花里なんかじゃない。」
吉田がここに連れ込んだということは長州人の隠れ家としてここが使われているということ。
早く副長に報告しなくちゃ。
「東雲薫よ。」
薫は今度こそ吉田の制止を振り切って、店を飛び出した。
一人立ち尽くす吉田の手には薫の涙の跡が生暖かく残っていた。
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