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第5章 To be, or not to be.
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しおりを挟む俄かに屯所が騒がしくなる。
どうやら捕物があったようだ。
夕食の準備をしながら、土蔵のある中庭を覗く。
男性のうめき声が土蔵の方から聞こえてきた。
この時代に人権という概念は存在しない。
一体どんな尋問が為されているのか、と思っただけで身震いする。
薫は早々に中庭から立ち去ると、台所へ戻った。
こんな調子だから夕食の時間になっても、お手伝い衆は現れなかった。
恒例の幹部の夕食も大広間ではなく、
個別に食べることになっていたので大した手間ではなかったが、
自分の知らないところで物事が大きく動こうとしている予感が薫の胸をざわつかせた。
「東雲はん。」
気配なく男が目の前に現れた。薫を京ことばでそう呼ぶのはここには一人しかいない。
「山崎さん。」
「一つ、聞きたいことがありましてな。」
「松村小介、知ってますな。」
その名前を聞いて、茶碗を片付ける薫の手が止まった。
しまった、と思ってももう遅い。
何らかの反応を示した時点で、彼のことを知っていると言っているようなものだ。
「島原にいるときにお馴染さんでした。」
「彼、長州人やろか。」
「さあ、対馬藩士と名乗ってらっしゃいましたよ。」
「…そうでっか。」
薫は、嘘をついた。
知っている。
松村小介という男が、本当は吉田稔麿だということを。
そして、長州藩士であるということも。
恐らく、優秀な山崎のことであるから松村小介という男の正体なぞ薫に聞かずともわかっていたに違いない。
鎌をかけたのだ。
そうわかっていても、吉田を裏切る気にはなれなかった。
「東雲はん。」
薫は山崎の呼びかけには答えず、淡々と食器を棚に片付ける。
「いつか、決めなあかん時が来ますえ。」
薫が彼のいる方を振り向いたとき、既に山崎の姿はなかった。
山崎は忠告しに来たのだ。
土方の傍にいながら、叶わぬ吉田への想いを抱き続けることは無理だ、と。
「わかってるよ、そんなこと。」
わかっているから、ここに帰ってきたのだから。
薫は持っていた布巾をきつく、きつく絞った。
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