維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

文字の大きさ
上 下
26 / 154
第5章 To be, or not to be.

しおりを挟む


島原から戻って来てからというもの、薫はこれまで通り賄い方の仕事に明け暮れていた。

薫の突然の帰還に戸惑うものもいれば、大喜びするものもあったが、
総じて皆薫の作るご飯のありがたさを噛みしめているようだった。


「おい、勘吾!お前もちったあ見習ってうまい飯の一つくらい作れるようになっとけよ。」


皿を片付けながら、安藤早太郎は蟻通をからかった。

賄いお手伝い衆―薫は彼らのことをそう呼ぶことにした―の一人、蟻通が薫の不在の間、
賄い方として腕を振るっていたようだが、評判は良くなかったようだ。

言われた蟻通は、料理は俺の仕事ではない、と半ば頬を膨らませながら抗ったが声は小さい。


「皆さんの手を煩わせてすみませんでした。また、おいしいご飯を出せるように精進しますね。」


笑顔で薫が答えると、賄いお手伝い衆は手を止めて固まった。


「おい、東雲のやつ、一段と色っぽくやないか。」

「あの笑顔、着物の隙間から見える白い肌、たまんねえなぁ。」

「お、俺は衆道なんて興味ないからな!」

「嘘こけ、台所にわざわざ来てるやつに下心のない奴なんかいるもんか!」


そんなお手伝い衆のやりとりは、薫の耳には届かない。


「言葉には気をつけろ。東雲の耳に入るということは、すなわち副長の耳に入るということだからな。」


お手伝い衆の年長者、河合の言葉を受けて、自然と食器の片づけに戻る。


確かに、薫はただの賄い方ではない。

あくまで、賄い方兼ねて副長小姓でもあったことたから、
必然的に隊士の中には密告者として薫を捉えるものも少なからずあった。

ただし、そんなことを薫は知る由もない。





そして薫は賄い方の仕事を終えると決まっていくところがあった。

「山南先生、今よろしいですか?」

障子の奥からどうぞ、という声が聞こえて、薫は静かに障子を開けた。


「お茶をお持ちしました。」

「いつもかたじけない。」

「先生、今日も教えてください。」


肩に負った傷が悪化し剣術を教わることも難しくなった今、
山南から政治や日本の歴史について教わることが日課になっていた。


「昨日は、どこまでお話をしましたか。」

「ええと、安政の大獄までです。井伊大老によって松陰先生を始めとして多くの志のある方が殺されてしまった、というところまでです。」

「そうでしたね。」


山南は薫が持って来たお茶を啜りながらおもむろに語り始めた。

「幕府の権力を強めるため、多くの人を獄に葬りましたが、
これは却って幕府への反発を強める結果となりました。」


やがて山南の部屋に一人の客が訪れた。


「稽古抜け出してきてしまいました。」

「沖田先生。お身体が優れぬとお聞きしましたが。」

「食べ過ぎたのかもしれません。久しぶりに薫さんのご飯を食べたから。」

「そんな冗談ばかり言っていると、仮病だと思われてしまいますよ。」


明らかに顔が白い沖田を心配に思いつつも、薫は沖田を窘めるように言った。


「そういえば、何の話をしていたんですか。最近、よく山南さんのところに来てるみたいですね。」

「昨今の政事について山南先生に教えていただいているのです。沖田先生も聞いていかれますか。」

「なんだ、薫さんがいるから美味しい茶菓子でも出ているかと思ってきたのに、期待外れです。」

そう言って沖田は薫の用意したお茶を啜る。

「ちょっと、それ山南先生のお茶ですよ!」

「ごめんなさい、山南さん。」

「構いませんよ。最近は、私のところへ訪れる人は減りましたから。」

山南は考え込むように腕を組んで俯いてしまった。


大阪に赴いた際、不逞浪士を取り締まるときに肩に傷を負った山南は無理をして刀を振っていたらしく、
先月とうとう肩が悲鳴を上げたらしい。

更に体の不調も相まって、山南は床に臥せることが多くなってしまった。

このところ、山南は病気がちで幹部の会合にも顔を出す機会が明らかに減っていた。

これまでは山南と土方、それから近藤の3人でひざを突き合わせて物事を決めてきたというのに。

様々な要因が山南の思考を悪い方へと誘っている。

薫が毎日山南のところへ足を運ぶのは、少しでも気がまぎれればという配慮の上のことであった。


「これまで山南先生は働き詰めだったのですから、神様が休みなさいとおっしゃっているんじゃないでしょうか。」

「薫君は、変わらないね。」

少しだけ山南の表情が和らいだような気がした。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...