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第4章 菖蒲と紫陽花
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しおりを挟む稔麿はすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
薫は稔麿の頬をそっと撫でた。
そして、一枚手紙を彼の枕元に置いて外に出る。
さっきまでの雨は止み、太陽は高く昇っている。
汗ばむ陽気とはこのことを言うのだろう。
屋敷の入り口に山崎が立っていた。
「帰ろか。」
「せやな。」
屋敷の軒先に紫陽花が咲いている。
家に帰ったら、紫陽花でも生けようかと薫は心の中でつぶやいた。
屯所へ戻る前に花君太夫に別れの挨拶をした。
「惜しいなぁ。このまま花里として十分やっていけますえ。」
「花君太夫には感謝の言葉しかございません。」
「また、困ったことがあったらいつでも言ってな。待ってますさかい。」
芸妓の身ごろもを花君太夫にお返しすると、かつての東雲薫に戻る。
前よりもなお、和服が体に染みついて来たような実感を得た。
住み慣れた島原の街を後にして、壬生の元の住処へ帰る。
山崎は何やら仕事があるらしく屋敷の前で別れた。
屯所に戻ると、人気は少なく道場も静かであった。
土方の部屋前で足を止め、東雲です、と声をかけると障子が開いた。
土方が部屋から現れた。
見上げなければ顔が見えない彼の姿に、改めて彼の背の高さを知る。
そして、薫は帰りしなに見つけた紫陽花を土方に差し出した。
「道端に紫陽花が咲いていたので。」
薫は微笑みながら言うと、土方も笑い返した。
「早く生けろ。菖蒲は枯れちまったからな。」
そういうと、土方は文机の前に腰を下ろし、仕事に戻った。
部屋に入った薫は、何も生けられていない一輪挿しに紫陽花を挿す。
また、元の日常に戻ったのだ。
部屋に残る土方の香り、飾り気のない部屋。
薫の視界に映るすべてがそれを実感させた。
「副長。」
薫は床の間にある紫陽花を見つめながら言った。
「なんだ。」
「私、もうどこにも行きませんから。」
返事はなかった。
けれど、薫は満足だった。
立ち上がり、台所へ行こうと障子をあけたとき、土方は呟くように言った。
「当たり前だ。」
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