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第4章 菖蒲と紫陽花
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しおりを挟む旧暦の4月と言えば現代の感覚と異なり、既に桜は散って菖蒲や藤の花が見頃の季節である。
買い物の帰り途中、田圃の畦道に綺麗な菖蒲の花が咲いていた。
そういえば、土方さんの部屋何にもなかったな。
床の間が折角あるのに何も飾られていないのを思い出し、薫は菖蒲の花を一輪摘み取った。
友人に勧められて一緒にフラワーアレンジメント教室に行ったことはあったけれど、
本格的に生け花をしたことはない。
八木家の人に一輪挿しを借りて、見様見真似で菖蒲の花を生けることにした。
一輪挿しに生けると、田圃の端に咲く野の花であったのが嘘のように、凛とした菖蒲の花に生まれ変わった。
ああ見えて、ものの風情にはうるさい土方がこれを見たら何と言うだろうかと考えながら部屋へ戻った。
今日は土方が出かけていると思い、無遠慮に障子を開けたが、部屋には寝転んだ土方の姿があった。
「開けるときは声くらいかけろ。」
「いらっしゃらないと思って…、すみません。」
「何だ、それ。」
「菖蒲の花です。」
「見りゃわかるさ。」
「道端に菖蒲が咲いていたので。」
何も飾られていない床の間に菖蒲の花を置くと、あやめ色が綺麗に映える。
我ながらいいセンスと心の中で自画自賛していると、いいじゃねえかという土方の声が聞こえてきた。
「風流なことしやがる。」
「たまには、こういうのも悪くないですね。」
心なしか土方の機嫌がよくなった気がする。
時期に梅雨の季節が訪れるだろうから、次は紫陽花でも生けてみようか。
薫はそんなことを考えた。
ドタドタ、と廊下を走る音が聞こえてきて、土方の部屋前で止まった。
島田です、という声がしてすぐに障子が開かれた。
「木屋町で火事が起きた模様です。」
「すぐに動ける隊士を集めて現場に向かわせろ。俺も後から追いかける。」
土方は島田にそう指示すると自分も刀の大小を腰に差して屯所を飛び出した。
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