上 下
7 / 154
第2章 再会と始まり

しおりを挟む
大広間に並ぶ強面の顔ぶれに薫は恐れ慄いた。

正しく、この人たち絶対人殺したことあるでしょ、という顔である。

ぎょろりと一人の男が流し目で薫の方を見ただけで、薫の背筋は凍る思いがした。


時を遡ること、一時間ほど前のこと。

あの部屋を出て皆の前にお披露目される前に
土方からここで暮らすにあたっての注意事項とでもいうべきお達しがあった。

「ここは有象無象の男達の集まりだ。」

つまり、土方の言いたいことはこういうことらしい。

奉公人のような仕事をすると言っても女一人で住まわせる訳にはいかないから、
男性として皆と一緒に暮らすこと。

大部屋という訳にもいかないから土方の部屋についている小さな物置部屋に寝泊まりすること。

「それから、もう俺はあんたの知っている土方歳三ではない。俺のことは副長と呼ぶように。」

視線だけで人を殺せるんではないかと思うような鋭い眼差しが薫に向けられた。

身のすくむような思いをしながら、小さな声で薫は返事をした。

そして、今に至るというのである。




「彼が、本日より副長小姓兼ねて賄い方として働いてもらう東雲薫だ。」

「し、東雲薫と申します!よろしくお願いします!」



四方から針のような視線が注がれる。

三つ指ついて頭を下げたままだから男達の表情を窺い知ることはできないが、
大半の男達は私の存在を怪しんでいるに違いない。


「東雲、下がって良い。」

薫は結局頭を上げることもないまま、ゆっくりと立ち上がり大広間を後にした。



早速洗濯に取り掛かることにした。

これまでは自分たちで洗濯や掃除を分担していたらしい。

薫が洗濯するから洗濯物は井戸の近くに集めておくようにという土方の指示により
井戸の周囲には山脈と言っても過言ではないほどの大量の洗濯物が積まれていた。

明らかに1ヶ月以上洗われていない胴着や更には褌まで甚だしい悪臭を放って、そこに鎮座している。

これは薫にとっって未知の体験であった。





まじか。これを手袋もつけずに素手で洗えと。





つけ置きする洗剤もなければ匂いを消す柔軟剤もない。

文句を言っても始まらない、ととりあえず側にあった胴着から手をつけることにした。

人差し指と親指で汗臭い胴着を摘むと、桶の中に浸す。





洗濯機の発明は女性の社会進出に大きく貢献したと社会の教科書か何かで読んだ気がするけれど、
本当にその通りだと思う。

街の郷土資料館に展示されていた洗濯板もこの時代にはまだ存在しない。





汗臭い洗濯物の山も、お日様が高く昇る頃には半分ほどにまで減っていた。

しかし、薫には休む暇もなく昼餉の支度である。

八木家の奉公人も手伝ってくれるけれど、基本的には薫が一人で支度を整えなければならない。

しかも、京と江戸の間では現代以上に文化の違いが大きい。

お勝手の方も土方家で教わった諸々とは違っているようだ。




悪戦苦闘しながら何十人の賄いを用意する。

一汁一菜。

何人かの平隊士に配膳を手伝ってもらい、ようやく薫に休憩時間がやってきた。


「あぁぁぁ、疲れた。」


誰もいなくなった台所で大の字になって横たわる。

昼ごはんを食べるよりも今は体を休めていたい。


「昼飯、食べないんですか?」

「うわぁ!」

顔の真上に現れたのは、天真爛漫な笑顔が眩しい沖田さんだった。

気を抜いていたのもあって、声をあげて驚いてしまった。


「そんなに驚かなくても・・・。」

「すみません、完全に気を抜いていたので。」

しゅん、と犬のように寂しそうな顔をするので慌てて言い訳を繕う。


「お食事、口に合いませんでしたか?」

「とっても美味しかったですよ。
皆京の薄味に飽き飽きしていましたから、久しぶりに故郷の味を食べたと土方さんも喜んでいましたよ。」

おいしいですか?と尋ねる度に薫の飯は一等美味い!と
笑顔で答えてくれる歳三さんの顔を思い出して笑ってしまった。


「土方さんのこと、好きなんですね。」

「とんでもないです!
ただ、いつも私の作るご飯を美味しいと食べてくれたのでそれを思い出したのです。」

「世の中には不思議なことがたくさんありますねぇ。」

「そうですね・・・。」


沖田と他愛もない話をしているうちに食べ終わった食器が台所に戻ってきた。

それは薫の休憩時間の終わりを意味する。

頑張ってくださいね、という労いの言葉を残して沖田は台所を後にした。


そして、私の元には大量の食器だけが残された。


「お、あんたが副長の初恋相手か?」

せっせと食器を片付けていると、爪楊枝を口に加え前見頃から腕を出している男が薫の顔を覗いてきた。

薫は想いも掛けない言葉を投げかけられ手に持っていた茶碗を落としてしまった。


「あぁ、茶碗落としちまったぞ。大丈夫か。」

「左之助さん、からかい過ぎじゃあありやせんかい。」

左之助と呼ばれた男の後ろから続々と他の男達3人も台所に降りてきた。

確か、あの大広間で怖い顔をしていた人達だ。


「あ、あの、副長がどうおっしゃったかわかりませんが、私と副長に男女の関係はありません!」

仕事の手を止めて3人の方に向き直り言った。

薫の気迫に押されたのか、お、おうと男は怯んだように答える。


「どうあれ、土方さんがあんたのことを買ってるのは確かみたいだぜ。」

「お前さんを拾った時に命の恩人だから助けてやりたいって近藤さんに、
あの土方さんが頭を下げたんだからな。」


知らなかった事実を次々と告げられ、薫は内心驚いた。

薫が土方を川で助けてから二十年以上も経っているというのに、恩義に感じてくれていたことに、である。



「そう言う訳で、俺たちはあんたのことを土方さんの初恋だと思うに至ったわけだ。」

「そ、そういうもんでしょうか。」


恋愛というものにこれまで縁のなかった薫には正直言って自分のことのようには考えられなかった。


「ま、俺たち以外あんたのことは男だって言われてるから、他の連中は土方の縁戚くらいにしか思ってねえよ。」

「そういやぁ、自己紹介がまだだったな。俺は副長助勤、原田左之助だ。よろしくな。」

「同じく永倉新八。」

「藤堂平助だ。」

「東雲薫です。よろしくお願いします。」

一礼すると、それじゃあと3人は風のように去っていった。



騒がしい人達だが、悪い人達ではなさそうだ。

薫は再び仕事に戻った。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

上意討ち人十兵衛

工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、 道場四天王の一人に数えられ、 ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。 だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。 白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。 その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。 城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。 そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。 相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。 だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、 上意討ちには見届け人がついていた。 十兵衛は目付に呼び出され、 二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

処理中です...