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第1章 川の流れに身を任せ

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土方家は歳三の言う通り、「お大尽」と呼ばれるだけあって屋敷はとても広かった。

のぶの家である佐藤家の屋敷もそれなりに大きな屋敷だったはずなのに、
土方家を前にすると普通の民家に見えてしまうから不思議である。


歳三の兄と紹介された、喜六さんは物腰の柔らかい優しそうな人であった。

兄というが、どうやら歳は10歳以上も離れているらしく、父親のような間柄に感じた。



薫には奉公人用の納屋の一室が与えられた。他の女中と相部屋である。

同い年くらいの女の子はお藤さんといい、もう1人の小さな女の子はお菊ちゃんと言った。

2人は火の付け方も井戸水の汲み方も知らない私に一つ一つ優しく教えてくれた。




夜、皆が寝静まった頃になっても薫は眠れずにいた。

慣れない環境で精神的に落ち着かないというのに加えて、

皆急にいなくなった私を心配しているんじゃないかとか、

携帯いじりたいとかくだらないことばかり考えてしまって眠れない。


足音を立てないよう静かに部屋を飛び出した。

大きな月が空に浮かび、薫のいる場所を照らした。

江戸時代も現代の世も変わらず月には兎が餅をつく姿が浮かんでいる。


「帰りたい・・・。」

「帰りたいのか。」


1人だと思っていた中庭にはもう1人人間の姿があった。

「君は、歳三君。」

「昼は取り乱して悪かった。本当に母上にそっくりだったから。」

「大丈夫だよ。歳三君のおかげで食いっぱぐれずに済んだから。」

「薫はどこから来た。母上の生まれ変わりか?」


可愛らしい歳三の言葉に薫は笑い、月を見上げた。


「としぞうくんは、かぐや姫を知ってる?」

「知ってるぞ。お月様から来たお姫様の話だろ。」

「私は、かぐや姫みたいなものよ。」

「故郷に帰れないのか。」

「そう。帰れない。」


かぐや姫は罪を償うため地球にやって来た。

私が一体何をしたっていうのだろうか。

毎日起きて会社に行って家に帰り寝るという何の変哲もない毎日が急に恋しくなる。

当たり前は失って初めてその大事さを知るのだ。

気づけば目から涙がこぼれ、そして堰を切ったように溢れた。



歳三は薫の前に立ったかと思うと幼い体で薫の身体で抱きしめた。

薫は最初こそ戸惑い歳三を押し退けようと手を回したが思いのほか力が強くすぐに諦めた。


「借りは返したぞ。」


のぶの着物の裾を掴んで後ろに佇んでいるだけだった歳三とは別人かのようにそう言った。


「ふふ、どこでそんな言葉覚えたの。」

「うるさい。泣きたいだけ泣け。」

「もう大丈夫。私はもう大丈夫だから。」


明日早いから寝なさい、と薫の体から歳三を離すとお前もなと一丁前に返されてしまった。


2人は月夜に照らされながら、おやすみと言ってそれぞれの寝屋に戻った。


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