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第1章 川の流れに身を任せ
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しおりを挟む風呂を出ると、男の子が風呂場の前に立っていた。
薫が風呂に出るのを待っていたらしい。
「どうしたの?」
「さっきは、すまなかった。」
眉間に皺を寄せた顰めっ面で薫をじっと見た。
「もう大丈夫?」
薫が尋ねると彼は大きく頷く。
何か言いたげであったが、彼はのぶさんのいる土間の方へ逃げて行ってしまった。
まだ幼い子供のいじらしい姿に薫は少し微笑むと、少年がさっていた方と同じ方向に歩き出した。
「お風呂に着物までありがとうございます。」
声をかけると、あら、と竈門からこちらに向き直り、のぶさんは続けた。
「その服を着ると若い頃の母上に瓜二つです。」
そんなに似ているのか、という驚きと共にもしかしたらこの人たちの母親が薫の前世なのではないかと考えるようになっていた。
そう考えれば、二人の話に納得がいく。
「私たちの母上はこの子が幼い頃に病で亡くなりまして。以来、私が母親がわりになって育ててまいりました。
その私もこの家に嫁ぐことになったのですが、こうして時折遊びにきてくれるのです。」
「薫さんは、日頃はどちらに?」
薫はのぶの問いに言葉が詰まった。
まさか、未来から来ましたなんて言えない。
「私は、その…。」
本当のことを言ったところで信じてもらえない。
どうしたらいいんだろう。
「薫は帰る場所がないのか?」
歳三は首を傾げながらそう言った。
「そう、帰る場所がないんです。」
薫の言葉にのぶはあらまあ、と答えどうしたものかと不安そうな表情を浮かべた。
そりゃあそうだろう。
命の恩人かと思いきや、面倒ごとを運んできたのだから。
「あ、や、でも大丈夫ですよ。ちゃんと服が乾いたら失礼しますから!」
のぶと2人、顔を合わせて苦笑いした。
「だったら、俺の家に来るか?」
「え?」
「俺ん家は“お大尽”って呼ばれてんだ。奉公人の1人くらい増えたって構わねえ!」
なあ、ノブ姉さんと歳三は振り返りざまに同意を求めた。
のぶは相変わらず苦笑を浮かべたままだ。
「俺、喜六兄さんに掛け合ってくる!薫、勝手に出て行くなよ!」
歳三は走ってどこかへ行ってしまった。
「薫さん、ごめんなさいね。うちも嫁いできたばかりで勝手なことはできないんです。」
「と、とんでもありません!こうやってお風呂までいただけて…。」
本当だったらずぶ濡れのまま、路頭に彷徨っているはずだったのに。
こうやって着物まで貸してもらえて、感無量である。
私は制服が乾くまでの間縁側でぼんやりとしていた。
庭を駆け回る鶏、忙しそうに洗濯や掃除をする女中や下男の人たち。
どうしたら元の時代に帰れるのかな。
もう一回川に飛び込んでみる?
借り物の着物までびしょ濡れにはできない。
とにかく、今日の寝床だ。
心許ないけど、今はとしぞうくんだけが頼りだった。
私ちゃんとここの時代で働けるのだろうか。
洗濯機も掃除機も冷蔵庫もコンロも何もかもない世界で、1人で生きていけるのか。
忙しなく家の中を右へ左へ働く女中たちの姿を横目に見ながらそんなことを考えた。
自由な時間があればある程、不安が募っていく。
「おーい、薫!!」
大きな門の方から聞き慣れた少年の声が聞こえてきた。
彼の表情は明るいものだった。
「薫!俺の家で暮らせ!」
こうして、私の土方家の暮らしが幕を開けたのである。
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