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古今東西アップデート

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「わらわの家は未だに頭が固いと言うか、保守的な者も多くてな」
「そういうものですか?」
「伝統を守るのも大事だが、日々アップデートしないと世の変化に置いていかれると言うのに。この業界もそうであろう?」
「そうですね。他店ではオーガンジー生地の綿帽子もあるみたいですよ」

 中堂様の狐耳がピクッと反応する。改めてまじまじと眺めた事が無かったけど。
 狐の耳って、よく見ると犬の耳に近い形をしているんだ。

「それはまことか!?」
「はい。アンティークのレースが付いていて、とても綺麗なんです!」

 普通の綿帽子は被るとほとんど髪型が分からない。しかし、オーガンジー生地の綿帽子は半透明。
 うなじくらいの丈の短いベールを被っているようで、どの角度からも髪型が見える。

「人間の発想力には恐れ入る……発想力と言えば、知っておるか? 桃栗三年、柿八年。これには続きがあって、柚子の大馬鹿十八年と言われておる」
「そんなに長く育てるんですか?」
「種から育てる植物を実生みしょうと呼ぶのだが、柚子は種を植えて最初に実が付くまでに十五年以上かかる。
 年数がかかり過ぎるゆえ、今は柚子の実生はほとんどおらぬのじゃ」

 柚子って何に使われているんだっけ。ポン酢?
 何も考えずに普通に使っていたけど、そんなに長くかかるものをこんなペースで消費して大丈夫なんだろうか。

「そこで蜜柑の木にぎ木をして成長を早めると、わずか三~五年で収穫出来るようになった」
「そこに至るまでの道のりを考えると気が遠くなりますね」
「そうか? 短い余生の間に成し遂げる力は感服に値する。いや、短いと分かっているから成し遂げるのか?」
「短い…」

 いずれ八十、九十歳の自分になると分かっていても、私からするとまだ先の未来で。
 それでも充分長いけど、あやかしからすれば短い余生らしい。

「結婚が嫌なわけではないのに、どうして新郎様と揉めたんですか?」
「…どうしても結婚前に知りたい事がある。耳を貸せ」

 緊張しながらも、指示されるまま中堂様の方へ体を寄せた。キョロキョロと周囲を警戒するように見回し、声を潜めて打ち明ける。

「この事は他言無用で頼む」

 中堂様の真剣な空気に気圧され、つられて私もキリッとした表情で頷き返した。

   ◆◆◆

「あっ!!」

 衣装店に戻ると、純白のドレスを着たトルソーの陰から、隠れていた早見さんがひょっこり顔を覗かせる。
 目が合った瞬間、ものすごい高速で首をブンブン振る。これ以上、状況をややこしくするなという意味らしい。

「失礼の無いようにお願いしますね?」

 叔父さんに念押しされ、私は小さく溜め息をつく。しょぼくれながら休憩室に入ると、新郎の芦屋様がにこやかに笑いかける。

「お疲れ様でした。早見さんが麦茶を入れてくれましたよ?」

(まさか、芦屋様からもご指名が入るとは)

 会議室の机がニ卓とパイプ椅子が四個。正面にはテレビがあり、壁沿いには時計と一人暮らし用の小さな冷蔵庫が一台。
 後は電子レンジと電気ケトルのみ。
 机に置かれた赤いマグカップは私の愛用品。幼い頃から使っているから、カップの縁がわずかに欠けている。

 この物寂しい空間に、こんなにほっとする日がくるとは。見慣れた空間が落ち着く。
 お姫様の話相手という大役で肩に力が入っていたらしい。吐き出した息の大きさから自分の緊張度合いを思い知る。

「あの、芦屋様は今回の結婚をどうお思いなのですか?」
「断られないって事は合意の上だと思っていたのですが、僕の勘違いだったんでしょうか?」
「へっ?」
「白狐の一族の長に直談判したんです。好きな人と結婚を考えている、だから相手の親御さんに挨拶をする。あたりまえの事でしょう?」

 モスグリーンのマグカップで麦茶を飲む姿は、オシャレなカフェでコーヒーを飲んでいるみたい。
 まるで雑誌の一ページのような光景に、ボーッと見惚れてしまう。
 数秒遅れて言葉の意味を理解した私は、驚きのあまりマグカップを落としそうになった。

「どっ……えっ、好きなんですか!?」
「そうじゃなきゃ、わざわざ長の元に出向いて頭下げたりしませんよ」

  芦屋様は「何を驚いているんです?」と言いたげな表情で、何故か私の方がしどろもどろになる。
 一人だけパラレルワールドに迷いこんでしまったような、奇妙な感覚にひたすら困惑していた。

「陰陽師とあやかし。昔は敵対関係にありましたが、現代ではビジネスパートナーです」
「……ビジネスパートナー」
「今は害を成すあやかしが少ないんですよ。暴走するほど力を持った者は限られますし、たまにやんちゃするスピード違反を取り締まる白バイのようなものです」
「……白バイ」

 駄目だ。混乱して、さっきからオウム返ししかしていない。

「人間とあやかし。協力できる部分は助け合いましょう、という事ですかね」
「そこから、どうして結婚する流れに?」
「彼女は白狐の姫君。僕の知らない所で許嫁なんて決められたら困るので、長との話し合いの末に許可を頂きました」

 新婦の中堂様は乙女っぷりが炸裂していたけど。対する芦屋様は終始落ち着いている。
 まるで、格式高い詩の朗読を聞いているみたい。あまりに堂々としているので、聞いている私の方がむずがゆくなる。

「自分の意志をハッキリ持っている点も好印象ですし、職務中の使命感に満ちた横顔も惚れ惚れします。
 ちょっとつつくとムキになって反発する表情も愛らしい。僕の花嫁として申し分のない女性です」

 知らなかった。惚気って、もじもじ照れながら言われると「はいはい、ご馳走さまです」って聞き流せるのに。
 全く顔色を変えず、怒涛どとうの勢いで進められる方が「もう勘弁して!」と言う気持ちになる。

「さっき、花緒とどんな話をしたんですか?」
「芦屋様の過去のお話を。高校の時、髪を金髪に染めていたけど成績優秀だったと」
「はい。成績と素行が良ければ文句も無いだろう、と思いまして。おかげで、ほぼ雑用係で面倒なだけの生徒会まで引き受ける羽目になりましたけど」

 心なしか、爽やかさの中に薄っすらブラック芦屋様が見え隠れしていた。
 お互い好き同士なのに、どうしてこじれているんだろう。聞けば聞くほど謎が深まるカップルである。

「では、芦屋様はこの結婚に何の不満も無い、と?」
「……もちろん。愛する女性と結婚出来るんですから」

 芦屋様は伏し目がちに麦茶を飲む。
 さっきまでの雄弁に語る姿と異なり、自分に言い聞かせているように見えた。
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