31 / 37
ガールズトーク
しおりを挟む
「そう怯えずともよい。本当に燃やす気なら、とうに消し炭になっておる」
「…………」
「何じゃ、その目は? 人の世で暮らす以上、法を犯せばあやかしとて裁かれるのじゃからな」
人質に取った犯人に常識を説かれても。
釈然としない思いはあるものの、お姫様にツッコミを入れる度胸など無い。
心の中で中堂様への恨み節を言うのに留めた。
「衣装店に行くのがご不快でしたら、せめてチャペルで話しませんか?」
「他のあやかしに聞き耳立てられるのは不愉快じゃ。それに、あやつの術で外でも涼しかろう?」
「あ、本当だ!」
時期は夏。一歩お店の外に出ただけで額に汗が滲み、茹だるような暑さがまとわりつくのに。
ここは、清流のほとりに佇んでいるように涼しい。
「爺やは口うるさいから置いてきたんじゃった。花澄、喉が乾いた。わらわと小娘に飲み物を持って参れ」
「畏まりました」
何処からか声がしたかと思うと、ポシュッという音と共にわらわらと白狐が現れる。
涼しげなのか暑そうなのか分からない、純白のもふもふした毛並み。着物はやや地味な色合いだけど、耳に付けた桔梗のお花が印象的だった。
どの狐さんも所作が優雅で美しく、思わず魅入ってしまう。
「あの?」
「何をボケッと突っ立っておる。おぬしもさっさと座らぬか」
出来るオーラの狐さん達に見惚れている間に、中堂様はガーデンチェアに座っていた。
季節によっては外で撮影する事もあり、よくある簡易的なテーブル・チェアではなく、特注のアンティーク品が置かれている。
西洋の椅子に腰掛ける日本のあやかし。
中堂様がワンピースを着ている事もあって、変に浮く事もなく不思議な親和性を感じる。
同席なんて畏れ多いのだけど。地べたに座るわけにもいかず、おずおずと空いている席に腰掛ける。
どうぞ、と差し出された冷茶碗を見て再び固まった。
(こんなに素手で触りづらいグラスってある!?)
光が透けて、テーブルに映る影の形や揺らぐ模様の美しさまで考えられた繊細な硝子茶碗。
竹製の茶托が添えられ、茶器に詳しくない私でも熟練の職人が手掛けたのだな、と分かるお品物。
中堂様は臆する事なく口を付け、大きな葉っぱで扇がれても平然としている。
側にはお付きの狐さん達がズラリと待機していて、庶民としては突然のVIP待遇に萎縮するばかり。
「誤解の無いように言っておくが、わらわは真朱が人間だから嫌がっているわけではないぞ」
「へっ? あ、はい」
「これも何かの縁じゃ! おぬしに良い物を見せてやろう」
何か喋らなきゃと焦っていたから、中堂様から話を振ってくれたのは有りがたい。
花澄と呼ばれた狐さんが差出したのは一枚の写真。和風建築のお屋敷の前で、賢そうな雰囲気の少年が微笑んでいる。
「わらわ達が出会ったのは十二歳の頃じゃが、幼き日の真朱を見たくて入手したのじゃ!」
「可愛いですね」
「そうであろう? 昔を知る者によると、わずか九歳で愛想笑いを使いこなし、あどけなさすら利用してマダム達のハートを鷲掴みであったと」
「その得体の知れなさが胡散臭い、と?」
「たわけ、何を聞いておる。幼き日のあやつが愛らしい、という話をしておるのじゃ!」
(何で今、怒られたの?)
頬を染め、熱っぽく語る中堂様の姿に「解せぬ」と首を傾げる。
「高校の時、入学式の翌日に髪を金髪に染め、さっそく指導を受けたそうじゃが。本人はどこ吹く風であったな」
薄々予想はついていたけど、そこら中にハートが飛び交う。この辺りから私からスンッと表情が消え、真顔で聞き役に徹する。
「あの容姿じゃからのぅ。それはそれは、見目麗しい美少年であった」
「…そうでしょうね」
「髪こそ染めておったが素行も良く、成績優秀。真面目なのかやんちゃしたいのか。どっちかにしてくれ、と職員から呆れられたらしい」
初めて見た際の中堂様は凛とした大人の女性、といった印象だったのに。
この人達、何で口論なんかしているんだろう。
「生き抜くには知恵が必要じゃ。わらわの結婚相手として、申し分ないであろう?」
何も言ってないのに、中堂様はうんうんと一人で頷く。充分聞いたし、もうそろそろ突っ込んでもいいよね?
相手があやかしのお姫様である、と言う事は一旦脇に置いといて。拳を思いっきりテーブルに叩き付けた。
「いやっ、単なる惚気!! ……もしかして、今日の一連の騒動も照れ隠しですか!?」
「わざわざ指摘するでない。恥ずかしいではないか」
芦屋様やスタッフを追い払ったのも、デレデレ状態の自分を見せたく無かったから。
中堂様に微塵も照れる様子はなく、平然としながら言われても説得力がない。
むしろ、何を怒っているのじゃ、とでも言いたげな中堂様に途方も無い疲労感を感じた。
「そう言えば、おぬしの名は何と言うのじゃ?」
「相沢 蛍火です」
「ほぅ……なかなか風流な名前じゃのぅ。おぬしのご両親は良い感性をしておる」
聞き慣れない言語でも無いのに、私は何度も瞬きを繰り返す。
二十年生きてきて、まともに名前を褒められたのはこれが初めてだ、という事実に気付いたから。
昔から名前には良い思い出がない。
自己紹介をする度に「蛍の方が呼びやすいのにね」と返され心がザラザラした。
更に「同じ火なら花火の方が豪華で綺麗なのに」なんて言われた日には苦笑いしかでない。
……そんなの自分が一番分かっている。
今どきな名前の友達が羨ましくて、自己紹介の時間が憂鬱で。
(そう言えば、今の職場で名前について言われた事なかったな)
自然に受け入れてくれていたこと。
それに今更ながら気付き、嬉しいのにどうしたら良いか分からなくなった。
「…………」
「何じゃ、その目は? 人の世で暮らす以上、法を犯せばあやかしとて裁かれるのじゃからな」
人質に取った犯人に常識を説かれても。
釈然としない思いはあるものの、お姫様にツッコミを入れる度胸など無い。
心の中で中堂様への恨み節を言うのに留めた。
「衣装店に行くのがご不快でしたら、せめてチャペルで話しませんか?」
「他のあやかしに聞き耳立てられるのは不愉快じゃ。それに、あやつの術で外でも涼しかろう?」
「あ、本当だ!」
時期は夏。一歩お店の外に出ただけで額に汗が滲み、茹だるような暑さがまとわりつくのに。
ここは、清流のほとりに佇んでいるように涼しい。
「爺やは口うるさいから置いてきたんじゃった。花澄、喉が乾いた。わらわと小娘に飲み物を持って参れ」
「畏まりました」
何処からか声がしたかと思うと、ポシュッという音と共にわらわらと白狐が現れる。
涼しげなのか暑そうなのか分からない、純白のもふもふした毛並み。着物はやや地味な色合いだけど、耳に付けた桔梗のお花が印象的だった。
どの狐さんも所作が優雅で美しく、思わず魅入ってしまう。
「あの?」
「何をボケッと突っ立っておる。おぬしもさっさと座らぬか」
出来るオーラの狐さん達に見惚れている間に、中堂様はガーデンチェアに座っていた。
季節によっては外で撮影する事もあり、よくある簡易的なテーブル・チェアではなく、特注のアンティーク品が置かれている。
西洋の椅子に腰掛ける日本のあやかし。
中堂様がワンピースを着ている事もあって、変に浮く事もなく不思議な親和性を感じる。
同席なんて畏れ多いのだけど。地べたに座るわけにもいかず、おずおずと空いている席に腰掛ける。
どうぞ、と差し出された冷茶碗を見て再び固まった。
(こんなに素手で触りづらいグラスってある!?)
光が透けて、テーブルに映る影の形や揺らぐ模様の美しさまで考えられた繊細な硝子茶碗。
竹製の茶托が添えられ、茶器に詳しくない私でも熟練の職人が手掛けたのだな、と分かるお品物。
中堂様は臆する事なく口を付け、大きな葉っぱで扇がれても平然としている。
側にはお付きの狐さん達がズラリと待機していて、庶民としては突然のVIP待遇に萎縮するばかり。
「誤解の無いように言っておくが、わらわは真朱が人間だから嫌がっているわけではないぞ」
「へっ? あ、はい」
「これも何かの縁じゃ! おぬしに良い物を見せてやろう」
何か喋らなきゃと焦っていたから、中堂様から話を振ってくれたのは有りがたい。
花澄と呼ばれた狐さんが差出したのは一枚の写真。和風建築のお屋敷の前で、賢そうな雰囲気の少年が微笑んでいる。
「わらわ達が出会ったのは十二歳の頃じゃが、幼き日の真朱を見たくて入手したのじゃ!」
「可愛いですね」
「そうであろう? 昔を知る者によると、わずか九歳で愛想笑いを使いこなし、あどけなさすら利用してマダム達のハートを鷲掴みであったと」
「その得体の知れなさが胡散臭い、と?」
「たわけ、何を聞いておる。幼き日のあやつが愛らしい、という話をしておるのじゃ!」
(何で今、怒られたの?)
頬を染め、熱っぽく語る中堂様の姿に「解せぬ」と首を傾げる。
「高校の時、入学式の翌日に髪を金髪に染め、さっそく指導を受けたそうじゃが。本人はどこ吹く風であったな」
薄々予想はついていたけど、そこら中にハートが飛び交う。この辺りから私からスンッと表情が消え、真顔で聞き役に徹する。
「あの容姿じゃからのぅ。それはそれは、見目麗しい美少年であった」
「…そうでしょうね」
「髪こそ染めておったが素行も良く、成績優秀。真面目なのかやんちゃしたいのか。どっちかにしてくれ、と職員から呆れられたらしい」
初めて見た際の中堂様は凛とした大人の女性、といった印象だったのに。
この人達、何で口論なんかしているんだろう。
「生き抜くには知恵が必要じゃ。わらわの結婚相手として、申し分ないであろう?」
何も言ってないのに、中堂様はうんうんと一人で頷く。充分聞いたし、もうそろそろ突っ込んでもいいよね?
相手があやかしのお姫様である、と言う事は一旦脇に置いといて。拳を思いっきりテーブルに叩き付けた。
「いやっ、単なる惚気!! ……もしかして、今日の一連の騒動も照れ隠しですか!?」
「わざわざ指摘するでない。恥ずかしいではないか」
芦屋様やスタッフを追い払ったのも、デレデレ状態の自分を見せたく無かったから。
中堂様に微塵も照れる様子はなく、平然としながら言われても説得力がない。
むしろ、何を怒っているのじゃ、とでも言いたげな中堂様に途方も無い疲労感を感じた。
「そう言えば、おぬしの名は何と言うのじゃ?」
「相沢 蛍火です」
「ほぅ……なかなか風流な名前じゃのぅ。おぬしのご両親は良い感性をしておる」
聞き慣れない言語でも無いのに、私は何度も瞬きを繰り返す。
二十年生きてきて、まともに名前を褒められたのはこれが初めてだ、という事実に気付いたから。
昔から名前には良い思い出がない。
自己紹介をする度に「蛍の方が呼びやすいのにね」と返され心がザラザラした。
更に「同じ火なら花火の方が豪華で綺麗なのに」なんて言われた日には苦笑いしかでない。
……そんなの自分が一番分かっている。
今どきな名前の友達が羨ましくて、自己紹介の時間が憂鬱で。
(そう言えば、今の職場で名前について言われた事なかったな)
自然に受け入れてくれていたこと。
それに今更ながら気付き、嬉しいのにどうしたら良いか分からなくなった。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
街のパン屋にはあやかしが集う
桜井 響華
キャラ文芸
19時過ぎと言えば夕飯時だろう。
大半の人が夕飯を食べていると思われる時間帯に彼は毎日の様にやって来る。
カラランッ。
昔ながらの少しだけ重い押し扉を開け、
カウベルを鳴らして入って来たのは、いつものアノ人だ。
スーツ姿の綺麗な顔立ちをしている彼は、クリームメロンパンがお気に入り。
彼は肩が重苦しくて災難続きの私を
救ってくれるらしい。
呼び出された公園でいきなりのプロポーズ?
「花嫁になって頂きたい」どうする?
どうなる?貴方は何者なの……?
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
薬膳茶寮・花橘のあやかし
秋澤えで
キャラ文芸
「……ようこそ、薬膳茶寮・花橘へ。一時の休息と療養を提供しよう」
記憶を失い、夜の街を彷徨っていた女子高生咲良紅於。そんな彼女が黒いバイクの女性に拾われ連れてこられたのは、人や妖、果ては神がやってくる不思議な茶店だった。
薬膳茶寮花橘の世捨て人風の店主、送り狼の元OL、何百年と家を渡り歩く座敷童子。神に狸に怪物に次々と訪れる人外の客たち。
記憶喪失になった高校生、紅於が、薬膳茶寮で住み込みで働きながら、人や妖たちと交わり記憶を取り戻すまでの物語。
*************************
既に完結しているため順次投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる