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ガールズトーク

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「そう怯えずともよい。本当に燃やす気なら、とうに消し炭になっておる」
「…………」
「何じゃ、その目は? 人の世で暮らす以上、法を犯せばあやかしとて裁かれるのじゃからな」

 人質に取った犯人に常識を説かれても。
 釈然としない思いはあるものの、お姫様にツッコミを入れる度胸など無い。
 心の中で中堂様への恨み節を言うのに留めた。
 
「衣装店に行くのがご不快でしたら、せめてチャペルで話しませんか?」
「他のあやかしに聞き耳立てられるのは不愉快じゃ。それに、あやつの術で外でも涼しかろう?」
「あ、本当だ!」

 時期は夏。一歩お店の外に出ただけで額に汗が滲み、茹だるような暑さがまとわりつくのに。
 ここは、清流のほとりにたたずんでいるように涼しい。

「爺やは口うるさいから置いてきたんじゃった。花澄かすみ、喉が乾いた。わらわと小娘に飲み物を持って参れ」
「畏まりました」

 何処からか声がしたかと思うと、ポシュッという音と共にわらわらと白狐が現れる。
 涼しげなのか暑そうなのか分からない、純白のもふもふした毛並み。着物はやや地味な色合いだけど、耳に付けた桔梗ききょうのお花が印象的だった。
 どの狐さんも所作が優雅で美しく、思わず魅入ってしまう。

「あの?」
「何をボケッと突っ立っておる。おぬしもさっさと座らぬか」

 出来るオーラの狐さん達に見惚れている間に、中堂様はガーデンチェアに座っていた。

 季節によっては外で撮影する事もあり、よくある簡易的なテーブル・チェアではなく、特注のアンティーク品が置かれている。
 西洋の椅子に腰掛ける日本のあやかし。
 中堂様がワンピースを着ている事もあって、変に浮く事もなく不思議な親和性を感じる。

 同席なんて畏れ多いのだけど。地べたに座るわけにもいかず、おずおずと空いている席に腰掛ける。
 どうぞ、と差し出された冷茶碗を見て再び固まった。

(こんなに素手で触りづらいグラスってある!?)

 光が透けて、テーブルに映る影の形や揺らぐ模様の美しさまで考えられた繊細な硝子茶碗。
 竹製の茶托ちゃたくが添えられ、茶器に詳しくない私でも熟練の職人が手掛けたのだな、と分かるお品物。

 中堂様は臆する事なく口を付け、大きな葉っぱで扇がれても平然としている。
 側にはお付きの狐さん達がズラリと待機していて、庶民としては突然のVIP待遇に萎縮するばかり。

「誤解の無いように言っておくが、わらわは真朱が人間だから嫌がっているわけではないぞ」
「へっ? あ、はい」
「これも何かの縁じゃ! おぬしに良い物を見せてやろう」

 何か喋らなきゃと焦っていたから、中堂様から話を振ってくれたのは有りがたい。
 花澄と呼ばれた狐さんが差出したのは一枚の写真。和風建築のお屋敷の前で、賢そうな雰囲気の少年が微笑んでいる。

「わらわ達が出会ったのは十二歳の頃じゃが、幼き日の真朱を見たくて入手したのじゃ!」
「可愛いですね」
「そうであろう? 昔を知る者によると、わずか九歳で愛想笑いを使いこなし、あどけなさすら利用してマダム達のハートを鷲掴みであったと」
「その得体の知れなさが胡散臭い、と?」
「たわけ、何を聞いておる。幼き日のあやつが愛らしい、という話をしておるのじゃ!」

(何で今、怒られたの?)

 頬を染め、熱っぽく語る中堂様の姿に「解せぬ」と首を傾げる。

「高校の時、入学式の翌日に髪を金髪に染め、さっそく指導を受けたそうじゃが。本人はどこ吹く風であったな」

 薄々予想はついていたけど、そこら中にハートが飛び交う。この辺りから私からスンッと表情が消え、真顔で聞き役に徹する。

「あの容姿じゃからのぅ。それはそれは、見目麗しい美少年であった」
「…そうでしょうね」
「髪こそ染めておったが素行も良く、成績優秀。真面目なのかやんちゃしたいのか。どっちかにしてくれ、と職員から呆れられたらしい」

 初めて見た際の中堂様は凛とした大人の女性、といった印象だったのに。
 この人達、何で口論なんかしているんだろう。

「生き抜くには知恵が必要じゃ。わらわの結婚相手として、申し分ないであろう?」

 何も言ってないのに、中堂様はうんうんと一人で頷く。充分聞いたし、もうそろそろ突っ込んでもいいよね?
 相手があやかしのお姫様である、と言う事は一旦脇に置いといて。拳を思いっきりテーブルに叩き付けた。

「いやっ、単なる惚気のろけ!! ……もしかして、今日の一連の騒動も照れ隠しですか!?」
「わざわざ指摘するでない。恥ずかしいではないか」

 芦屋様やスタッフを追い払ったのも、デレデレ状態の自分を見せたく無かったから。
 中堂様に微塵も照れる様子はなく、平然としながら言われても説得力がない。
 むしろ、何を怒っているのじゃ、とでも言いたげな中堂様に途方も無い疲労感を感じた。

「そう言えば、おぬしの名は何と言うのじゃ?」
「相沢 蛍火です」
「ほぅ……なかなか風流な名前じゃのぅ。おぬしのご両親は良い感性をしておる」

 聞き慣れない言語でも無いのに、私は何度も瞬きを繰り返す。
 二十年生きてきて、まともに名前を褒められたのはこれが初めてだ、という事実に気付いたから。

 昔から名前には良い思い出がない。
 自己紹介をする度に「蛍の方が呼びやすいのにね」と返され心がザラザラした。
 更に「同じ火なら花火の方が豪華で綺麗なのに」なんて言われた日には苦笑いしかでない。

 ……そんなの自分が一番分かっている。
 今どきな名前の友達が羨ましくて、自己紹介の時間が憂鬱で。

(そう言えば、今の職場で名前について言われた事なかったな)

 自然に受け入れてくれていたこと。
 それに今更ながら気付き、嬉しいのにどうしたら良いか分からなくなった。
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