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怖いもの
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「ぎこちない態度を取ってしまいました。皆さんは親切にしてくれたのに、私はあんな態度を」
「落ち着きましょう! えぇっと、どこから整理したら良いんだろう」
ちゃんと謝らなきゃと思いつつ、長引けば長引くほど気まずさからタイミングを見失っていた。
今日こそはと意気込んできたから、一度口にすると言葉があふれて止まらない。
「私は大丈夫です! 変な目で見られるのは慣れていますし、そもそも蜘蛛ってあんまり可愛い見た目じゃないから」
苦笑混じりの言葉に、公園で武ノ内さんから聞いた言葉を思い出していた。
早見さんは学生時代、いろいろあったみたいだから。
多感な時期に子供が言い出しそうな事など容易に想像がつく。
早見さんは笑っているけど、自分で自分を否定する時、少しだけ傷付いたような表情をするのが気になっていた。
「今日も注意されたばかりで、全然レベルアップ出来ていないけど。直すべき点はちゃんと言って欲しいです。一緒に働く者として……その…」
熱くワーッと語っている内に、ふと恥ずかしい事を言っている自分に気付く。
何だか居たたまれない気持ちになってきて、最後はゴニョゴニョと尻すぼみになった。
照れくさくなって俯いていたら、ポンと肩に手を置かれる。
恐る恐る顔を上げると微笑む早見さんが顔があった。そこに在るのはいつもの朗らかな笑顔なのに、瞳が潤んでいて反応に戸惑う。
「ありがとうございます。そうして欲しかったわけじゃないけど、謝ってくれたのは相沢さんが初めてです」
「えっ?」
「いつもは遠巻きに噂されて、話しかけてもやんわり避けられる事が多かったので」
わずかに震えた声を隠すように、早見さんは人懐っこい笑顔を浮かべる。
何か言わなきゃと思うのに、とっさに言葉が出てこない。早見さんが指で涙を拭う間、私はただおろおろと突っ立っている事しか出来なかった。
「出てこないように言い聞かせているんだけど、私が疲れると心配で姿を現すらしくて」
「……なるほど?」
早見さんは女王蜂や蟻のようなものだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
蜘蛛に注意する姿は傍目から見ると、さぞシュールな光景だろう。
首を傾げつつも納得している自分がいる。
「人間から見た普通とは違うから、恐ろしいものに見えているのかもしれないけど。私達も万能ではないし、苦手なものもあるんだけどね」
「早見さんはご飯ですか?」
今度こそ地雷を踏まないよう、大真面目に答えたのに。早見さんはフッと吹き出すと、お腹を押さえて大爆笑し始める。
「あっはははは! 相沢さんって真面目そうに見えて、実は大ボケかましてくるんですね!」
「私は真面目に答えていますけど」
「あはははは! もう勘弁して下さい。お腹捩れちゃいますよ~」
私がと言うより、早見さんが笑い上戸なのでは?
あまりに笑い過ぎて盛大に咽る早見さんの背をさする。
早見さんの目に浮かぶ涙は、さっきとは違う種類の涙なのは言うまでもない。
「私は迷信とジェットコースターが苦手です」
「迷信?」
ジェットコースターは何となく分かるけど、迷信って何だっけ。訝しげな声で聞き返す。
「例えば、くしゃみは一度目は褒められて、二度目は悪口って聞いたことない?」
「昔、祖母に言われた事があります」
「あれって地域によって順番や内容が異なるんです。共通しているのは、最後の四度目は風邪だけ」
「そうなんですか!?」
本当に知らなかったので素直に驚くと、早見さんは得意げな顔で笑った。
「昔は風邪で亡くなる事も多かったので、その前触れとされるくしゃみは不吉なものだと言われていたんです。
でも私はその話を聞いた時、何じゃそりゃって思いまして」
早見さんは呆れたような口調でぼやき、苦笑する。
「一番大事な四番目まで知っている人の方が少ないのに、今でも受け継がれているでしょう?」
「そうですね」
真相を知った今は、良い噂・悪い噂で一喜一憂した自分は何だったんだろう、と軽い虚無感に襲われる。
「朝蜘蛛は親の仇でも殺すな。夜蜘蛛は親でも殺せ、というのがあるんですけど。私はあれもダメで」
「殺されちゃうからですか?」
早見さんは何度もブンブンと頷いた。
「だって、その日の夜に目撃するとしたら朝見た蜘蛛の可能性もありますよね!?
なのに朝はいいけど夜はダメ、という謎ルールが怖くて。人間の友人宅で、スパーンって紙ではたくのを見る度に震え上がりましたよ」
人間の私にとっては見慣れた光景というか、疑問にすら思った事が無かった。
友人の中には「可哀想だから逃してあげればいいのに」という人もいたけど。
気持ち悪さの方が勝って、早くに目の前から消えて欲しいと思っていたから耳に痛い。
「あれも朝の蜘蛛は来客を示すから吉兆とか。蜘蛛は害虫を食べる益虫だから殺してはならない、とかあるみたいですけど。
同じ家を守る生き物でも、ヤモリとは随分扱いが違うと思いません!?」
真剣に悩んでいるんだろうけど、ふっと吹き出しそうになるのは何故なんだろう。
早見さんが力説すればする程、じわじわ笑いがこみ上げてくる。
「……相沢さん。口が半笑いですよ」
「すみません!」
謝罪しにきたのに怒らせたのでは意味がない。
私はひたすら謝ったものの、それ以降、目が合う度にジト目で睨まれるようになってしまった。
「落ち着きましょう! えぇっと、どこから整理したら良いんだろう」
ちゃんと謝らなきゃと思いつつ、長引けば長引くほど気まずさからタイミングを見失っていた。
今日こそはと意気込んできたから、一度口にすると言葉があふれて止まらない。
「私は大丈夫です! 変な目で見られるのは慣れていますし、そもそも蜘蛛ってあんまり可愛い見た目じゃないから」
苦笑混じりの言葉に、公園で武ノ内さんから聞いた言葉を思い出していた。
早見さんは学生時代、いろいろあったみたいだから。
多感な時期に子供が言い出しそうな事など容易に想像がつく。
早見さんは笑っているけど、自分で自分を否定する時、少しだけ傷付いたような表情をするのが気になっていた。
「今日も注意されたばかりで、全然レベルアップ出来ていないけど。直すべき点はちゃんと言って欲しいです。一緒に働く者として……その…」
熱くワーッと語っている内に、ふと恥ずかしい事を言っている自分に気付く。
何だか居たたまれない気持ちになってきて、最後はゴニョゴニョと尻すぼみになった。
照れくさくなって俯いていたら、ポンと肩に手を置かれる。
恐る恐る顔を上げると微笑む早見さんが顔があった。そこに在るのはいつもの朗らかな笑顔なのに、瞳が潤んでいて反応に戸惑う。
「ありがとうございます。そうして欲しかったわけじゃないけど、謝ってくれたのは相沢さんが初めてです」
「えっ?」
「いつもは遠巻きに噂されて、話しかけてもやんわり避けられる事が多かったので」
わずかに震えた声を隠すように、早見さんは人懐っこい笑顔を浮かべる。
何か言わなきゃと思うのに、とっさに言葉が出てこない。早見さんが指で涙を拭う間、私はただおろおろと突っ立っている事しか出来なかった。
「出てこないように言い聞かせているんだけど、私が疲れると心配で姿を現すらしくて」
「……なるほど?」
早見さんは女王蜂や蟻のようなものだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
蜘蛛に注意する姿は傍目から見ると、さぞシュールな光景だろう。
首を傾げつつも納得している自分がいる。
「人間から見た普通とは違うから、恐ろしいものに見えているのかもしれないけど。私達も万能ではないし、苦手なものもあるんだけどね」
「早見さんはご飯ですか?」
今度こそ地雷を踏まないよう、大真面目に答えたのに。早見さんはフッと吹き出すと、お腹を押さえて大爆笑し始める。
「あっはははは! 相沢さんって真面目そうに見えて、実は大ボケかましてくるんですね!」
「私は真面目に答えていますけど」
「あはははは! もう勘弁して下さい。お腹捩れちゃいますよ~」
私がと言うより、早見さんが笑い上戸なのでは?
あまりに笑い過ぎて盛大に咽る早見さんの背をさする。
早見さんの目に浮かぶ涙は、さっきとは違う種類の涙なのは言うまでもない。
「私は迷信とジェットコースターが苦手です」
「迷信?」
ジェットコースターは何となく分かるけど、迷信って何だっけ。訝しげな声で聞き返す。
「例えば、くしゃみは一度目は褒められて、二度目は悪口って聞いたことない?」
「昔、祖母に言われた事があります」
「あれって地域によって順番や内容が異なるんです。共通しているのは、最後の四度目は風邪だけ」
「そうなんですか!?」
本当に知らなかったので素直に驚くと、早見さんは得意げな顔で笑った。
「昔は風邪で亡くなる事も多かったので、その前触れとされるくしゃみは不吉なものだと言われていたんです。
でも私はその話を聞いた時、何じゃそりゃって思いまして」
早見さんは呆れたような口調でぼやき、苦笑する。
「一番大事な四番目まで知っている人の方が少ないのに、今でも受け継がれているでしょう?」
「そうですね」
真相を知った今は、良い噂・悪い噂で一喜一憂した自分は何だったんだろう、と軽い虚無感に襲われる。
「朝蜘蛛は親の仇でも殺すな。夜蜘蛛は親でも殺せ、というのがあるんですけど。私はあれもダメで」
「殺されちゃうからですか?」
早見さんは何度もブンブンと頷いた。
「だって、その日の夜に目撃するとしたら朝見た蜘蛛の可能性もありますよね!?
なのに朝はいいけど夜はダメ、という謎ルールが怖くて。人間の友人宅で、スパーンって紙ではたくのを見る度に震え上がりましたよ」
人間の私にとっては見慣れた光景というか、疑問にすら思った事が無かった。
友人の中には「可哀想だから逃してあげればいいのに」という人もいたけど。
気持ち悪さの方が勝って、早くに目の前から消えて欲しいと思っていたから耳に痛い。
「あれも朝の蜘蛛は来客を示すから吉兆とか。蜘蛛は害虫を食べる益虫だから殺してはならない、とかあるみたいですけど。
同じ家を守る生き物でも、ヤモリとは随分扱いが違うと思いません!?」
真剣に悩んでいるんだろうけど、ふっと吹き出しそうになるのは何故なんだろう。
早見さんが力説すればする程、じわじわ笑いがこみ上げてくる。
「……相沢さん。口が半笑いですよ」
「すみません!」
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私はひたすら謝ったものの、それ以降、目が合う度にジト目で睨まれるようになってしまった。
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