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第一部
雨宿り③
しおりを挟む保健室に向かう途中すれ違った生徒はギョッとしたようにこちらを見た。
アキはそれを見る気力もないようで、大人しく俺に腕を引かれている。室内で改めて見るとアキの顔色はかなり悪い。
保健室に着くととりあえずタオルと着替えを渡してカーテンを閉める。アキがごそごそと着替える音を背景にして温かい飲み物を用意する。気休め程度にしかならないかもしれないけれど。
5分ほどするとアキがカーテンを開けてこちらに近づいてくるのがわかった。怒られると思っているのか、こちらを窺う視線はずっと怯えを孕んでいる。
「あの、これありがとうございます」
「気にするな、どうせ生徒に貸し出す用だ」
椅子に座らせてお茶を渡すと、ゆっくりとそのあたたかさを手のひらに染み込ませている。
「夏も近いとはいえ此処は山もあるし標高もちょっと高いから夜や雨だと寒いだろ」
「…そうですね」
へにゃりと眉を下げたアキに、思い立ってエアコンの温度を上げてブランケットを放り投げる。一瞬戸惑ったようだが膝にかけるあたり、やはり少し寒かったのだろう。
「お前あそこに泊まる気だったの?」
ズバリと聞くと、アキは表情を強張らせた。
「そんなに真っ青になってさ、さすがに見過ごせないぞ?なぜ部屋に帰らない」
あえて強めに聞いても、アキは口を開こうとはしない。それだけ言いたくないのだろう。それをわざわざ聞き出そうとするなんて、俺はアキからすれば酷いやつかもしれない。
「…最近お前たちの噂が広まってる。先生方も気にかけてる」
少し抑えた声でそう言うと、驚いたようにこちらを見つめて来ている。先生にまで広まっているのは予想外だったのだろうか。いや、ほとんど初対面の教師にまで、わざわざ言葉にされるとは思っていなかったのだろう。
目を泳がせたアキは、迷ったように口をパクパクさせてからか細い声を絞り出した。
「……大丈夫です」
大丈夫。
さっきも言っていなかったか?この言葉。
「何が大丈夫なんだ?そんなに真っ青になって。兄弟喧嘩拗らせるのは仕方ないだろうがだからって雨の日にも帰れないほどか?」
「…かえりません」
泣きそうな声なのに、まだ強がるのか。
次は何を言おう、と口を開こうとした時、アキは突然立ち上がった。
「あのっ、服ありがとうございます!僕もう大丈夫なんで行きます…」
そして扉に駆け出そうとする。
でも、体力を消耗していたのだろうか。
「あっ」
「おいっ!」
本日2回目の、アキが転ぶ瞬間だった。
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