3 / 31
序
秋の話③
しおりを挟む
兄さんが高校生になると、また状況は少しだけ変わった。
兄さんは空気がきれいで卒業したらほぼ間違いなくいいところに行けると定評のついている寮制度の高校に行ったから。そこはエスカレーター式の学校で、本当は小学校のころから通わせたかったと言っていたけれど、高校から行くことになったという。
兄さんから離れた僕のもとには、まえよりもほんの少しだけ、僕個人を気にするようになったクラスメイト達が残った。それでも「お兄さんは元気か?」という言葉は世間話の一環として何度も出てくるから、自分からあまり近づくことはなくなった。
でも、その間にはいいこともあった。中学3年最後の夏、県大会で出会った同学年の健斗。兄さんのことも何も知らない、ただ泳ぐのが好きな僕という人物だけを知っている健斗に、恋に落ちた。もちろん二人とも聞きかじったような知識しかない付き合い方は幼稚だった。夏休み最後の日に、二人でネットで調べながら健斗の家で最後までシた。
抱かれているときは、お互い初めてで痛みもあったけれど、それ以上に自分だけを見てくれて、自分だけにその欲をぶつけてくれる姿に見惚れた。己の本能に身を任せた健斗の姿に頭が真っ白になって、いつのまにか達していた。
「大丈夫、俺が守ってやるから」
まるでどこかのヒーローのように言頭をなでてくれた健斗に、僕は本気で甘えた。
全寮制にひとりは心配だから、と両親に頼まれて兄さんの高校を受けると決めたときも、健斗は「お前が心配だから一緒に行くよ、大丈夫、俺は他の奴らと違うから」と優しく抱きしめてくれた。
だから、しんじてる。
しんじてた。
大丈夫、大丈夫。
健斗は、兄さんに会っても僕のことをちゃんと見てくれるはずだから。
入学式、深呼吸を繰り返す僕を健斗はじっと見守ってくれていた。
「アキ、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込まれて、健斗に僕は笑う。
「大丈夫だよ、ほら入ろう。兄さんも待ってる」
学校側の配慮か、兄さんと同室になった僕は健斗が挨拶をしたいというので部屋に連れてきていた。緊張で冷たくなった手のひらを隠して、部屋の扉を開いた。
***
「はじめまして、聖川健斗といいます」
人好きのする笑顔を浮かべた健斗に、兄さんはうれしそうに眼を見開いた。
「わあ、アキのお友達なの?」
「…水泳の大会で出会ったんだよ」
友達、という言葉に一瞬止まったけれどそう答えると、健斗はちょっとだけ眉をしかめてから口を開いた。
「俺はアキの友達なんじゃなくて恋人なんです」
直接的な言葉に、兄さんは顔を真っ赤にした。
「あっアキのこ、こい…」
健斗はにかっと笑って僕の腕を引っ張った。
「そうです、それもあってお兄さんとも仲良くなりたくて!よろしくお願いします!」
初日にいきなり…ちらっと兄さんの顔を見ると、兄さんは状況がうまく呑み込めないようだった。中学時代はほぼほぼ自動的に恋人を知られていたから、余計に驚いたのかもしれない。いくばくか前の時代とは違い、同性愛が普通の世の中ではあるけれど、僕のこれまでの恋人は女の子だったから。
「アキは、健斗君と付き合ってるの?まゆちゃんは?」
まゆ、それは兄さんが中学にいたころ最後にできた彼女だった。笑うとえくぼがかわいくて、ころころと表情が変わる女の子。
「もう別れてるよ」
「どうして別れたの?前にもいた彼女さんもすぐ別れちゃったけど…」
その質問には答えない。
兄さんと付き合いたいから別れてくれ、と言ってきたのは最初の一人だけだった。でも、他の子たちも「気になる人がいるの」「なんかアキ君は一人でもいいんじゃないかなって」と口々に言っていた。
だからって、それを直接兄さんに伝えるのは間違っている。
「なんでもないよ、理由なんて。でも健斗と今は真剣に付き合ってるから」
兄さんはまた目を見開いて、それからうれしそうに笑った。
「そっか、アキが幸せならいいよ」
うん、兄さん、僕は幸せなんだ。心の中でそう答える。ちいさいころから言われてきた「大丈夫」の言葉は、健斗の口から出てくると魔法のように僕をやさしく包んでくれる。
だから、前みたいに兄さんに嫌な気持ちを抱いたりしない。
子供みたいに自分だけを見てほしいなんて馬鹿みたいに父さんたちにイライラしたりしない。
「あ、じゃあ僕は明日から一人で教室に行くね」
「いやいや、一緒に行きましょうよ、俺お兄さんとも仲良くなりたいんです」
だから、この言葉だって素直に受け止められる。
健斗は、兄さんと僕の恋人として仲良くなりたいんだって。
それでもどこか不安な気持ちもあって、兄さんにばれないように健斗の方を見つめると、健斗はそれに気が付いてくれる。優しい笑顔を浮かべてうなずいてくれる。
「そ、そっか!ありがとう、じゃあ明日から健斗もよろしくね」
満面の笑みを浮かべる兄さんは、純真無垢だ。
きっと今日からこの学校での生活はとても楽しいものになる。僕はそれがすごくうれしくて、大きくうなずいた。
兄さんは空気がきれいで卒業したらほぼ間違いなくいいところに行けると定評のついている寮制度の高校に行ったから。そこはエスカレーター式の学校で、本当は小学校のころから通わせたかったと言っていたけれど、高校から行くことになったという。
兄さんから離れた僕のもとには、まえよりもほんの少しだけ、僕個人を気にするようになったクラスメイト達が残った。それでも「お兄さんは元気か?」という言葉は世間話の一環として何度も出てくるから、自分からあまり近づくことはなくなった。
でも、その間にはいいこともあった。中学3年最後の夏、県大会で出会った同学年の健斗。兄さんのことも何も知らない、ただ泳ぐのが好きな僕という人物だけを知っている健斗に、恋に落ちた。もちろん二人とも聞きかじったような知識しかない付き合い方は幼稚だった。夏休み最後の日に、二人でネットで調べながら健斗の家で最後までシた。
抱かれているときは、お互い初めてで痛みもあったけれど、それ以上に自分だけを見てくれて、自分だけにその欲をぶつけてくれる姿に見惚れた。己の本能に身を任せた健斗の姿に頭が真っ白になって、いつのまにか達していた。
「大丈夫、俺が守ってやるから」
まるでどこかのヒーローのように言頭をなでてくれた健斗に、僕は本気で甘えた。
全寮制にひとりは心配だから、と両親に頼まれて兄さんの高校を受けると決めたときも、健斗は「お前が心配だから一緒に行くよ、大丈夫、俺は他の奴らと違うから」と優しく抱きしめてくれた。
だから、しんじてる。
しんじてた。
大丈夫、大丈夫。
健斗は、兄さんに会っても僕のことをちゃんと見てくれるはずだから。
入学式、深呼吸を繰り返す僕を健斗はじっと見守ってくれていた。
「アキ、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込まれて、健斗に僕は笑う。
「大丈夫だよ、ほら入ろう。兄さんも待ってる」
学校側の配慮か、兄さんと同室になった僕は健斗が挨拶をしたいというので部屋に連れてきていた。緊張で冷たくなった手のひらを隠して、部屋の扉を開いた。
***
「はじめまして、聖川健斗といいます」
人好きのする笑顔を浮かべた健斗に、兄さんはうれしそうに眼を見開いた。
「わあ、アキのお友達なの?」
「…水泳の大会で出会ったんだよ」
友達、という言葉に一瞬止まったけれどそう答えると、健斗はちょっとだけ眉をしかめてから口を開いた。
「俺はアキの友達なんじゃなくて恋人なんです」
直接的な言葉に、兄さんは顔を真っ赤にした。
「あっアキのこ、こい…」
健斗はにかっと笑って僕の腕を引っ張った。
「そうです、それもあってお兄さんとも仲良くなりたくて!よろしくお願いします!」
初日にいきなり…ちらっと兄さんの顔を見ると、兄さんは状況がうまく呑み込めないようだった。中学時代はほぼほぼ自動的に恋人を知られていたから、余計に驚いたのかもしれない。いくばくか前の時代とは違い、同性愛が普通の世の中ではあるけれど、僕のこれまでの恋人は女の子だったから。
「アキは、健斗君と付き合ってるの?まゆちゃんは?」
まゆ、それは兄さんが中学にいたころ最後にできた彼女だった。笑うとえくぼがかわいくて、ころころと表情が変わる女の子。
「もう別れてるよ」
「どうして別れたの?前にもいた彼女さんもすぐ別れちゃったけど…」
その質問には答えない。
兄さんと付き合いたいから別れてくれ、と言ってきたのは最初の一人だけだった。でも、他の子たちも「気になる人がいるの」「なんかアキ君は一人でもいいんじゃないかなって」と口々に言っていた。
だからって、それを直接兄さんに伝えるのは間違っている。
「なんでもないよ、理由なんて。でも健斗と今は真剣に付き合ってるから」
兄さんはまた目を見開いて、それからうれしそうに笑った。
「そっか、アキが幸せならいいよ」
うん、兄さん、僕は幸せなんだ。心の中でそう答える。ちいさいころから言われてきた「大丈夫」の言葉は、健斗の口から出てくると魔法のように僕をやさしく包んでくれる。
だから、前みたいに兄さんに嫌な気持ちを抱いたりしない。
子供みたいに自分だけを見てほしいなんて馬鹿みたいに父さんたちにイライラしたりしない。
「あ、じゃあ僕は明日から一人で教室に行くね」
「いやいや、一緒に行きましょうよ、俺お兄さんとも仲良くなりたいんです」
だから、この言葉だって素直に受け止められる。
健斗は、兄さんと僕の恋人として仲良くなりたいんだって。
それでもどこか不安な気持ちもあって、兄さんにばれないように健斗の方を見つめると、健斗はそれに気が付いてくれる。優しい笑顔を浮かべてうなずいてくれる。
「そ、そっか!ありがとう、じゃあ明日から健斗もよろしくね」
満面の笑みを浮かべる兄さんは、純真無垢だ。
きっと今日からこの学校での生活はとても楽しいものになる。僕はそれがすごくうれしくて、大きくうなずいた。
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説

俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。


嫌われ者の僕
みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈学園イチの嫌われ者が総愛される話。嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。
※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。改行多めで読みにくいかもです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる