つよくてもろい君たちへ

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秋の話③

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 兄さんが高校生になると、また状況は少しだけ変わった。
 兄さんは空気がきれいで卒業したらほぼ間違いなくいいところに行けると定評のついている寮制度の高校に行ったから。そこはエスカレーター式の学校で、本当は小学校のころから通わせたかったと言っていたけれど、高校から行くことになったという。

 兄さんから離れた僕のもとには、まえよりもほんの少しだけ、僕個人を気にするようになったクラスメイト達が残った。それでも「お兄さんは元気か?」という言葉は世間話の一環として何度も出てくるから、自分からあまり近づくことはなくなった。

 でも、その間にはいいこともあった。中学3年最後の夏、県大会で出会った同学年の健斗。兄さんのことも何も知らない、ただ泳ぐのが好きな僕という人物だけを知っている健斗に、恋に落ちた。もちろん二人とも聞きかじったような知識しかない付き合い方は幼稚だった。夏休み最後の日に、二人でネットで調べながら健斗の家で最後までシた。
 抱かれているときは、お互い初めてで痛みもあったけれど、それ以上に自分だけを見てくれて、自分だけにその欲をぶつけてくれる姿に見惚れた。己の本能に身を任せた健斗の姿に頭が真っ白になって、いつのまにか達していた。


「大丈夫、俺が守ってやるから」

 まるでどこかのヒーローのように言頭をなでてくれた健斗に、僕は本気で甘えた。
 全寮制にひとりは心配だから、と両親に頼まれて兄さんの高校を受けると決めたときも、健斗は「お前が心配だから一緒に行くよ、大丈夫、俺は他の奴らと違うから」と優しく抱きしめてくれた。



 だから、しんじてる。




 しんじてた。

 大丈夫、大丈夫。
 健斗は、兄さんに会っても僕のことをちゃんと見てくれるはずだから。


 入学式、深呼吸を繰り返す僕を健斗はじっと見守ってくれていた。
「アキ、大丈夫?」
 心配そうに顔を覗き込まれて、健斗に僕は笑う。
「大丈夫だよ、ほら入ろう。兄さんも待ってる」
 学校側の配慮か、兄さんと同室になった僕は健斗が挨拶をしたいというので部屋に連れてきていた。緊張で冷たくなった手のひらを隠して、部屋の扉を開いた。




 ***



「はじめまして、聖川健斗といいます」
 人好きのする笑顔を浮かべた健斗に、兄さんはうれしそうに眼を見開いた。
「わあ、アキのお友達なの?」
「…水泳の大会で出会ったんだよ」
 友達、という言葉に一瞬止まったけれどそう答えると、健斗はちょっとだけ眉をしかめてから口を開いた。
「俺はアキの友達なんじゃなくて恋人なんです」

 直接的な言葉に、兄さんは顔を真っ赤にした。
「あっアキのこ、こい…」
 健斗はにかっと笑って僕の腕を引っ張った。
「そうです、それもあってお兄さんとも仲良くなりたくて!よろしくお願いします!」

 初日にいきなり…ちらっと兄さんの顔を見ると、兄さんは状況がうまく呑み込めないようだった。中学時代はほぼほぼ自動的に恋人を知られていたから、余計に驚いたのかもしれない。いくばくか前の時代とは違い、同性愛が普通の世の中ではあるけれど、僕のこれまでの恋人は女の子だったから。

「アキは、健斗君と付き合ってるの?まゆちゃんは?」
 まゆ、それは兄さんが中学にいたころ最後にできた彼女だった。笑うとえくぼがかわいくて、ころころと表情が変わる女の子。
「もう別れてるよ」
「どうして別れたの?前にもいた彼女さんもすぐ別れちゃったけど…」

 その質問には答えない。

 兄さんと付き合いたいから別れてくれ、と言ってきたのは最初の一人だけだった。でも、他の子たちも「気になる人がいるの」「なんかアキ君は一人でもいいんじゃないかなって」と口々に言っていた。
 だからって、それを直接兄さんに伝えるのは間違っている。

「なんでもないよ、理由なんて。でも健斗と今は真剣に付き合ってるから」
 兄さんはまた目を見開いて、それからうれしそうに笑った。
「そっか、アキが幸せならいいよ」
 うん、兄さん、僕は幸せなんだ。心の中でそう答える。ちいさいころから言われてきた「大丈夫」の言葉は、健斗の口から出てくると魔法のように僕をやさしく包んでくれる。
 だから、前みたいに兄さんに嫌な気持ちを抱いたりしない。
 子供みたいに自分だけを見てほしいなんて馬鹿みたいに父さんたちにイライラしたりしない。
「あ、じゃあ僕は明日から一人で教室に行くね」
「いやいや、一緒に行きましょうよ、俺お兄さんとも仲良くなりたいんです」

 だから、この言葉だって素直に受け止められる。
 健斗は、兄さんと僕の恋人として仲良くなりたいんだって。
 それでもどこか不安な気持ちもあって、兄さんにばれないように健斗の方を見つめると、健斗はそれに気が付いてくれる。優しい笑顔を浮かべてうなずいてくれる。
「そ、そっか!ありがとう、じゃあ明日から健斗もよろしくね」
 満面の笑みを浮かべる兄さんは、純真無垢だ。
 きっと今日からこの学校での生活はとても楽しいものになる。僕はそれがすごくうれしくて、大きくうなずいた。

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