僕はわがままで 人間を裏切った

しーしい

文字の大きさ
上 下
22 / 25
第三章 交差

第八節 アンテ城脱出後編

しおりを挟む
 「僕は人間界の永続では無く、世界の滅びを確定させる事を選びました。それが綺亜という勇者の選択です。他の誰のせいでもありません」

 足を掛けてハプタ王を転ばせると、感電の痛みに苦しむ王に輪舞の雷球カ・イー・ロイナム・クランと、電撃剣カ・セシーランをともに振り下した。

 「キア、やめて」

 リシャーリスの邪魔が入り、ハプタ王は命拾いした。
 襲来してきた彼女の弓弧の蒼色火矢フラム・イー・アナアム・クラン輪舞の雷球カ・イー・ロイナム・クランとの対消滅で回避すると、木陰に隠れる。

 「キア、なのよね。薄々、上位魔法が使えるのは知っていたけど」

 「そう? ご存じでしたか」

 僕は三百億年後の未来でセラシャリスと未来の魔法使い達から上位魔法を習った。
 リシャーリスはミレニアの魔法学校首席卒業者だ。教育者でもある彼女の目を誤魔化すのは難しい。未来から戻りアンテ城で魔界侵攻準備に関わりだしてからは、上位魔法はアン・アナアムの塔だけで使用した。

 セラシャリスの存在はネイト神の奇跡で消されていても、僕に上位魔法を教えた謎の存在までは消せなかったからだ。特に僕が上位魔法を覚えた理由は、リシャーリスを倒すためだったから察せられる訳には行かなかった。

 「唇の動きで、次の句の候補を予想できるわ。キアは上位魔法特有の古い語りを知っている」

 魔法戦闘技術の研究で、魔法学校を卒業したリシャーリスには敵わない。

 「流石です、殿下」

 リシャーリスが動いたのを察知して、若い木立を剣で切り倒す。

 『炎華フラム・ルーアム

 襲い来る炎の魔法と逆方向に動いて、操作魔法の詠唱を試みる。

 『輪舞の雷球カ・イー・ロイナム・クラン

 『弓弧の蒼色火矢フラム・イー・アナアム・クラン

 意図は察知されて、リシャーリスも操作魔法を唱え直した。
 こうなると互いに林の中に隠れられない。

 「何をしに来たの? 父上を殺させはしない。私の親よ」

 アンテ城要塞部を細かく走る林間の小道に二人とも出て、剣と魔法で対峙した。

 「殿下、アンテ城襲撃の意図はありません。陛下を殺めに来た訳では無いのです」

 「じゃあ魔王の勇者が飛竜に乗って居城物件を物色にでも? 勝った方は気楽よね」

 「カイラル山の紫水晶の剣を取りに来たのです」

 「ふーん? ん! 地震? いや衝撃魔法か。あれは魔王の詠唱?」

 南側で土煙が立ち、大きな石が転がるような衝撃音が十数秒続く。
 レンの試みが成功して要塞部南壁の一部が崩落したのだ。

 「綺亜、グレイイン戻って! 脱出する!」

 レンの叫び声が、土煙の中から響く。慣れない戦闘に苦労しているグレイインが目を輝かした。続いて何度も衝撃魔法の詠唱が続き、要塞部南壁が西から次々と視界から消えていった。

 「魔王と一緒に来たのね。紫水晶の剣はキアの佩剣という事? キアは魔王の……」

 グレイインが地響きを立てながら二本の歩脚で走ってきたので、リシャーリスは身を引いた。

 「殿下、失礼します」

 かろうじて飛竜の鞍金具くらかなぐにしがみつくと、助走を付けたグレイインはそのまま要塞部から身を踊らせた。

 「綺亜、魔法! 『破槌の衝撃波エタリソル・グラム』」

 「何? 『破槌の衝撃波エタリソル・グラム』」

 レンは黄水晶の剣を、そのままアンテ城要塞部に放置した。ぞんざいな扱いは直感に反するが実は問題は無い。水晶剣は気まぐれで勝手に戻ってくる。
 水晶剣に反射した円錐状の衝撃波が古い城壁に止めを刺した。要塞下の練兵場にある建物を次々と石と土砂が押しつぶしていく。

 さらにグレイインは離陸際の滑空でリシャーリスの執務室を蹴飛ばした。わずかな高度差で練兵場と市街を隔てる壁を飛び越すと大通りを超低空飛行で川へと下り、川沿いに速度を上げながらようやくと高度を得ていった。

 「グレイイン、矢は刺さっていないから」

 飛行中のグレイインには聞こえないが、それでも意を伝えるためにくらの上でレンが大声を挙げている。

 「いたた、剣を捨ててしまった」

 くら把手とって金具を登って把踏桿はとうかんに辿り着く。
 輪舞の雷球カ・イー・ロイナム・クランは牽制のために放出したが、電撃剣カ・セシーランは魔法を回収して鞘に収める暇が無かったので剣ごとアンテ城に放棄してきた。

 「神授の剣は、綺亜が紫水晶の剣を得るから回収された」

 長大で扱いにくい水晶剣と、手頃な鋼の剣では差がある気もするが神意はよく分からない。

 「グレイインは?」

 「矢が刺さっていると気にしている」

 「射られていたけど、刺さっていなかった」

 グレイインは稚児達が射掛ける矢など、ものともしなかった。
 近衛の弓兵が強化弓を射れば傷付いたかも知れないが、最初に要塞部に辿り着いたのは斥候だ。

 「彼女は幼い時から、気が小さいから」

 これだけ大きな飛竜と成っても、もって生まれた性格は変わらないのだ。

 「そう、ハプタ王陛下とリシャーリス王女殿下と戦った」
 
 僕は先ほどまでの出来事をレンに打ち明ける。 

 「勝負は付かなかったのね」

 「横槍が無ければ王を殺していた」

 勇者がヘリオトスの王座に刃を向けたのは初めてでは無いが、実際に手に掛けていたら史上初の出来事になったはずだ。

 「それも一つの戦後処理の形。外務卿は頭を抱えるでしょうけど」

 「僕の裏切りが、実際に刃を交える形で表出して動揺している」

 「老王が己の実力を顧みずに自ら命を危険にさらした。私達は落ちた先がたまたまアンテ城だっただけ」

 「そうなのだろうね」

 いや、本当は違う。リシャーリスと刃を交えて僕は気分が高揚している。

 「お昼を過ぎた。弁当はくらに入れたから潰れていない。食べましょう」

 くらの荷物入れから、布に包んだお菓子を取り出す。燕麦を砕いて蜂蜜で固めた物だ。

 「失敗した。焼いた物を頼めば良かった」

 「苦手なの?」

 「二十五年間ご飯食べてきたからね」

 砕いただけの燕麦は、東京の人間にとっては消化が難しいのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

処理中です...