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第二章 人外の思い
追い討ち
しおりを挟む 翌日の朝。
ぱっちりと目が覚めてしまった。
僕は基本的に夢を見ないため、寝て起きたらもう朝というサイクルを、シモナと会った時から含めてもう十年は繰り返しているだろう。
時刻は……五時半。みんなが起床するのは六時半だ。一時間ほど早く起きてしまった。
「可愛い寝顔……」
小声で呟いた僕の視線にはシモナの寝顔がある。
それを見て僕はホッとした。
ここ最近、ずっとそうだ。僕は言ってしまえばロングスリーパーな方で、一回寝てしまったら半日は起きない事が多い。
そんな時はシモナが先に訓練に行っているのだけれども、最近になって早く起きるようになってしまった。
寝起きのお陰からか頭が朦朧としていて、思考回路が巡らない。
昨日は何をしていたんだっけ。シモナを慰めて、寝かせて……。
……そうだ、コルトアが、コルトアが亡くなって、ツツリが。
もしかして、シモナが死んでないかどうかが不安なのか?
だからこうして、朝早くに起きて彼女の安否を確認するようになったのか?
「……?」
そこまで考えたところで、僕は自室の隣の部屋から聞こえた妙な物音に気づく。
擬音語で例えれば椅子が倒れた時の『ガタタンッ』だ。
ギリ……ギリ……と、ロープにぶら下がった何かが重たく揺れているような音もする。
隣といえば、丁度ツツリとコルトアの部屋だ。今はツツリ一人だけど。
……椅子、ロープ……?
確か部屋の天井には、証明を取り付けるための部分が存在したはずだ。
「……シモナ、シモナ!」
そこでようやく僕は彼女を起こす。
果てしなく嫌な予感がしたから。
そしてこれは、僕にはどうにも出来ないような気がしたから。
「……どうした?」
「ツツリの部屋から物音がして……! 気のせいじゃないんだ、これは……」
話を聞いているうちに、シモナの顔が段々と青ざめていった。
シモナが素早く起き上がり、長い髪をリボンで縛りながら「行くぞ」と珍しく焦るような声が僕の耳にこだました。
「……うん」
僕も立ち上がり、ツツリが居る部屋の方面へと歩を進める。
どうか、早まらないで欲しい。いくらこの運命を辿ったからと言って、彼の後を追うようなことだけはしないで欲しい。
「嘘だろ……鍵が開かない……」
「それはまずいって!」
ハンドルを捻るが、その扉はつっかえるだけで、一向に中の景色を見せてこようとしない。
「ツツリ……ツツリ! いるんだろおい、何してるんだお前!!」
「ツツリ!! ツツリ!!!」
扉越しに呼びかけても何も反応がない。
ただ静寂の中に、先程のロープのような音が聞こえるだけだ。
「……シモナ、どうした!」
マンネルヘイム元帥が不審に思ったのか駆け寄ってきてくれた。事情を説明し、シモナが扉を壊していいかを聞いている。
僕にとってこの時間は、長くも短くも感じる時の流れで。
でも、初めてだという感覚はどこか掴めなくて、コルトアの死と向かい合ったからなのかと疑問に思ってしまう。
「……緊急事態なんだな? それなら許可をする」
「念のために、衛生兵を何人か呼んできてください。もし死んでいたら……私が動けなくなってしまうので」
「分かっている。君のトラウマは知っているさ」
かくして元帥は衛生兵の元へと向かっていった。
……この扉、壊すよりもこの複雑そうな鍵穴の部分を僕が解読して鍵になればいいんじゃ?
「変われ」
ボフンと煙を散らし、鍵穴の中に入り込んでみる。
予想通り複雑なキーロックを難なく解除し、「開けたよ!」とシモナに報告した。
そしてシモナが扉を開けた瞬間だ。
「ツツッ……」
シモナの口が、途中で話すことを停止してしまった。
元の姿に戻り、僕も後ろから見てみる。
……やはり、やはりそうだった。
もう少し解読が早ければ、と一瞬で後悔をする自分がいた。
「……お、い。……おい、ねぇ……嘘って……そう言って……お願い…………」
力が抜けて床に崩れ落ちたシモナが掠れた声で呟く。
その言葉は奇しくもツツリと同じ言葉で、心做しか胸が痛くなった。
ロープに首を絡ませ、傍に椅子を倒したツツリの姿がそこにあったのだ。
「ツツリ!! ダメだよ君、戻ってきて!!」
ロープを噛みちぎり、ツツリを背中で受け止める。
背中越しでも分かる、ひんやりとした冷たい感覚。
もう、遅かった。
「シモ兵長!!」
「衛生兵、ツツリを……頼む」
「は、はい!」
その場に座り込んだままシモナは呟く。
すぐに集中治療室に運ばれ、ツツリの部屋には静寂が訪れた。
初めて……いや、何回目かの感覚に思える。少なくとも、一回目ではない。そう確信がもてたのは、やはり僕の知らない記憶やコルトアの死からだろう。
物や資料が綺麗に揃えられたテーブルに置いてある、二十五×十五の大きさの、一つの写真立て。それはツツリとコルトアを写していて、二人とも幸せそうな表情をしていた。
どうしてこうなったんだろう。ツツリは元々僕と同じで、コルトアと一緒に着いてきたようなものだ。
後追いしたくなるのも分かるけど、シモナがかなり辛い思いをしてしまうから、できるだけやめて欲しいと思っていた。
「…………」
やがてシモナは立ち上がり、何も言わずに俯きながら部屋を出る。
こうなると口が聞きにくい。特にここ最近は彼女にとって不幸続きと言えるだろう。
また、十代の時の目に変わらないといいんだけど……いいや、変わらないで欲しいと、僕はそう願っている。
案の定ツツリはもう手遅れだったようで、息も無く器官も心臓も機能を停止していた。
ツツリの綺麗な死に顔を見つめるシモナは、今何を思って、彼女の死に顔を見ているのか。
僕には、まだそれが分からない
ぱっちりと目が覚めてしまった。
僕は基本的に夢を見ないため、寝て起きたらもう朝というサイクルを、シモナと会った時から含めてもう十年は繰り返しているだろう。
時刻は……五時半。みんなが起床するのは六時半だ。一時間ほど早く起きてしまった。
「可愛い寝顔……」
小声で呟いた僕の視線にはシモナの寝顔がある。
それを見て僕はホッとした。
ここ最近、ずっとそうだ。僕は言ってしまえばロングスリーパーな方で、一回寝てしまったら半日は起きない事が多い。
そんな時はシモナが先に訓練に行っているのだけれども、最近になって早く起きるようになってしまった。
寝起きのお陰からか頭が朦朧としていて、思考回路が巡らない。
昨日は何をしていたんだっけ。シモナを慰めて、寝かせて……。
……そうだ、コルトアが、コルトアが亡くなって、ツツリが。
もしかして、シモナが死んでないかどうかが不安なのか?
だからこうして、朝早くに起きて彼女の安否を確認するようになったのか?
「……?」
そこまで考えたところで、僕は自室の隣の部屋から聞こえた妙な物音に気づく。
擬音語で例えれば椅子が倒れた時の『ガタタンッ』だ。
ギリ……ギリ……と、ロープにぶら下がった何かが重たく揺れているような音もする。
隣といえば、丁度ツツリとコルトアの部屋だ。今はツツリ一人だけど。
……椅子、ロープ……?
確か部屋の天井には、証明を取り付けるための部分が存在したはずだ。
「……シモナ、シモナ!」
そこでようやく僕は彼女を起こす。
果てしなく嫌な予感がしたから。
そしてこれは、僕にはどうにも出来ないような気がしたから。
「……どうした?」
「ツツリの部屋から物音がして……! 気のせいじゃないんだ、これは……」
話を聞いているうちに、シモナの顔が段々と青ざめていった。
シモナが素早く起き上がり、長い髪をリボンで縛りながら「行くぞ」と珍しく焦るような声が僕の耳にこだました。
「……うん」
僕も立ち上がり、ツツリが居る部屋の方面へと歩を進める。
どうか、早まらないで欲しい。いくらこの運命を辿ったからと言って、彼の後を追うようなことだけはしないで欲しい。
「嘘だろ……鍵が開かない……」
「それはまずいって!」
ハンドルを捻るが、その扉はつっかえるだけで、一向に中の景色を見せてこようとしない。
「ツツリ……ツツリ! いるんだろおい、何してるんだお前!!」
「ツツリ!! ツツリ!!!」
扉越しに呼びかけても何も反応がない。
ただ静寂の中に、先程のロープのような音が聞こえるだけだ。
「……シモナ、どうした!」
マンネルヘイム元帥が不審に思ったのか駆け寄ってきてくれた。事情を説明し、シモナが扉を壊していいかを聞いている。
僕にとってこの時間は、長くも短くも感じる時の流れで。
でも、初めてだという感覚はどこか掴めなくて、コルトアの死と向かい合ったからなのかと疑問に思ってしまう。
「……緊急事態なんだな? それなら許可をする」
「念のために、衛生兵を何人か呼んできてください。もし死んでいたら……私が動けなくなってしまうので」
「分かっている。君のトラウマは知っているさ」
かくして元帥は衛生兵の元へと向かっていった。
……この扉、壊すよりもこの複雑そうな鍵穴の部分を僕が解読して鍵になればいいんじゃ?
「変われ」
ボフンと煙を散らし、鍵穴の中に入り込んでみる。
予想通り複雑なキーロックを難なく解除し、「開けたよ!」とシモナに報告した。
そしてシモナが扉を開けた瞬間だ。
「ツツッ……」
シモナの口が、途中で話すことを停止してしまった。
元の姿に戻り、僕も後ろから見てみる。
……やはり、やはりそうだった。
もう少し解読が早ければ、と一瞬で後悔をする自分がいた。
「……お、い。……おい、ねぇ……嘘って……そう言って……お願い…………」
力が抜けて床に崩れ落ちたシモナが掠れた声で呟く。
その言葉は奇しくもツツリと同じ言葉で、心做しか胸が痛くなった。
ロープに首を絡ませ、傍に椅子を倒したツツリの姿がそこにあったのだ。
「ツツリ!! ダメだよ君、戻ってきて!!」
ロープを噛みちぎり、ツツリを背中で受け止める。
背中越しでも分かる、ひんやりとした冷たい感覚。
もう、遅かった。
「シモ兵長!!」
「衛生兵、ツツリを……頼む」
「は、はい!」
その場に座り込んだままシモナは呟く。
すぐに集中治療室に運ばれ、ツツリの部屋には静寂が訪れた。
初めて……いや、何回目かの感覚に思える。少なくとも、一回目ではない。そう確信がもてたのは、やはり僕の知らない記憶やコルトアの死からだろう。
物や資料が綺麗に揃えられたテーブルに置いてある、二十五×十五の大きさの、一つの写真立て。それはツツリとコルトアを写していて、二人とも幸せそうな表情をしていた。
どうしてこうなったんだろう。ツツリは元々僕と同じで、コルトアと一緒に着いてきたようなものだ。
後追いしたくなるのも分かるけど、シモナがかなり辛い思いをしてしまうから、できるだけやめて欲しいと思っていた。
「…………」
やがてシモナは立ち上がり、何も言わずに俯きながら部屋を出る。
こうなると口が聞きにくい。特にここ最近は彼女にとって不幸続きと言えるだろう。
また、十代の時の目に変わらないといいんだけど……いいや、変わらないで欲しいと、僕はそう願っている。
案の定ツツリはもう手遅れだったようで、息も無く器官も心臓も機能を停止していた。
ツツリの綺麗な死に顔を見つめるシモナは、今何を思って、彼女の死に顔を見ているのか。
僕には、まだそれが分からない
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