上 下
14 / 34
第二章 人外の思い

麒麟

しおりを挟む
「ただ今帰りましたー」
「ましたー」

 シモナの棒読みに合わせて、同じく棒読みで声をあげる。
 その声に、突き当たりの左の壁からひょっこりと顔を出したのはコルトアとツツリだ。

 彼らは狩猟時代の同期。シモナが僕を拾った最初の日、優しい目つきで紹介してくれたあの子供たちだ。
 今はすっかり大きくなって、特にコルトアは僕のよりも二十センチ程低い百八十センチ強まで身長が高くなっている。

 毎回僕と背比べしては「おー、俺おっきくなってるー!」なんて言って高笑いをしていた彼も、狩猟時代を含め十一年も見ていれば意外と真面目になったものだと確信できる。

「おかえりシモナ! ルトアがご所望か!?」
「馬鹿言え、殺すぞお前」
「怖いったらもうっ、シモナも少しは言葉遣い柔らかくしようよ!」
「ツツリ、俺はこれでも柔らかくしてるつもりなんだけども……?」
「えっそうなの?」
「そうだよ」
「えっ?」
「えっ?」

 しばらくの沈黙。
 ……うわぁ、気まずい。主に雰囲気が。
 キョトンとした顔でシモナを見ていたツツリが「……えっ?」と、もう一度確認するように声を上ずらせる。

「いやだって昔の俺なら『殺した後にナイフでひき肉にしてガルアットの餌にするぞ』くらいは言っていそうな勢いの発言だっただろ?」
「いやいやいや、今のはそれよりももっとグレードアップしてるわよ! それどころか狂気じみた殺人鬼が考えるようなその言葉が全部凝縮しているかのような発言だったわよ!?」
「え、そうなの……? やだ、全然気づかなかった……」

 珍しく女言葉に戻っているシモナを見て、無意識に平和だなぁなんて感じてしまう。
 ……しかしそれとは裏腹に、帰り道にシモナが言っていたあの発言が僕の思考を邪魔して離れない。
『日本語しか話せなかったのは、日本出身だからでは無い』
 きっと、彼女はこう言いたかったのだろう。

「昔のシモナはもっとこう……『撃ったあとにナイフで刺して引き裂いてやるぞ』的な? ねぇコルトア?」
「えっ何それ、そんなこと言った覚えないんですけど」
「いやいってたぞ? 俺はちゃんと聞いていたし」
「やだ恥ずかしい」
「「照れるところじゃないから」」
「ふふっ…………」

 一匹、取り残されているような感覚であった。
 人間に近い存在なだけであって、その姿は人外だからとか、そういうことが言いたい訳じゃない。
 それでも、この孤独さはなんなのかは分からず、どう言い表せばいいのかも分からない。

 僕は一体誰なんだろう。
 シモナと出会って十一年、ずっとずっと考えてきた事だ。
『何か分かるといいな』なんて言いながら、シモナは時折フードローブに化けた僕を連れて図書館に行き、色々な資料に目を通していた。
 その甲斐があって、最近の調べで、とある神獣に似ていることが分かったのだ。
 それは『麒麟きりん』。
 かつて中国神話に登場した神話生物だ。
礼記らいき』という中国の書物によれば、王が仁のある政治を行うときに現れる神聖な生き物「瑞獣ずいじゅう」とされ、鳳凰ほうおう霊亀れいき応竜おうりゅうと共に「四霊しれい」なんていう存在でひとまとまりにされていることから、幼少から秀でた才を示す子どものことを、麒麟児や、天上の石麒麟などと称することもあるそう。

 その姿は鹿に似て大きくて、背丈は五メートルもある。
 顔は龍に似ていて、牛の尻尾と馬の蹄《ひづめ》を持つ。背中の毛は五色に彩られ、毛は黄色く、身体にはうろこがある。
 基本的に額の角は一本角で描かれる事が多いけど、二本角、三本角、それどころか角の無い姿で描かれる例もあるらしい。

 僕はその中の『索冥さくめい』という姿によく似ていた。
 索冥は麒麟の一種で、全身真っ白な姿をしていたと言われている。
 資料が見つかった見つかった当時、『心当たりは?』の一言と共に見せられた資料を見たけど……
『分からへん』
『嘘やんまじか』
 姿は知っているものの、何をした神獣達なのかは全く身に覚えがなかったのだ。
 それに僕は、鱗が無い。体長も二メートル前半だし、そもそも一般的に知られているのは前者の麒麟なのだから。
 そんな一般の人が見たら、『あぁ言われてみれば麒麟に似てるけど、言われなかったらわからないねこれ』と言われても間違いはない程のレベルで、僕は麒麟と全く姿が見当違いだった。


 ……そんなことを考えていたことも、今となってはかなり懐かしい。
 最近の僕はもうどうでもいいやなんて思ってんだから。
 逆に開き直っている。僕のことなんてどうでもいいから、今は彼女や仲間達の成長を見ていられればなんて思っているんだ。
 この命尽きる最期の時まで、この子達を見守る。それが僕の生き甲斐として与えられた一つの『天命』ならば、僕は喜んでそれに従おうと思えるくらい、この子達が大好きだった。

「さ、戻るぞガルアット」
「おぅぇ、はぁい」
「何今の声……」
「動物ってたまに変な声出すよな……」

 シモナが何を考えているのかは、僕には何もわからない。変化できる能力や、まだシモナにも知られていなくて、かつ使っていない能力だってまだまだあるけど。
 それでも僕は、『人間』という一つの生物の心を読む能力は持っていない。
 動物や植物の心は無意識に読んじゃうのに、人間の心は何も読めない。
 でもそれは僕が動物だからなんだと思う。もっと人間に近くなったら、読めるようになるかな?

 出会った時よりもかなり女の子らしくなったシモナも最近は笑顔が増えているし、動きも活発で、さっき戦闘したばっかりなのにまだ戦える余力すら残っているような元気さが目で見られる。
 端っこで見守ってきた僕だからこそ言えることだってある。

 あの時のシモナは本当の『人形』だった。

「?」

 不思議そうな顔をしながら、シモナが僕の方へと振り返る。
 気がつけば僕の足が止まっていた。それに気づいたのか、もふもふの僕の毛を軽く引っぱって『早く行こう』と目で訴えてくる。

「……ごめんごめん、ちょっと考え事してたんだ」
「考え事ー? なんだそりゃ。お前もそんな時期あるんだな、珍しい」
「失礼な……」
「顔に出てるわよガルアットちゃん」
「ツツリ、僕は男の子って何回言ったら分かるんだい……」
「分かってるから言っているのよ?」

 視線が集まっている。
 小さな子どもに囲まれる大人の気分だ。
 これがもし人間だったら、一人の『人』として接してくれたのだろうか。
 僕が人間……想像出来ないなぁ。
 想像出来ないからこそ、このままでいいのかもしれないと逆に思ってしまう。

 それでいい。

 そう自分に言い聞かせて、僕は彼女達と部屋に戻る足を進めた。

 数ヶ月後の夏、とある人物から突然呼ばれたのはそんな日の夜であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

藤散華

水城真以
歴史・時代
――藤と梅の下に埋められた、禁忌と、恋と、呪い。 時は平安――左大臣の一の姫・彰子は、父・道長の命令で今上帝の女御となる。顔も知らない夫となった人に焦がれる彰子だが、既に帝には、定子という最愛の妃がいた。 やがて年月は過ぎ、定子の夭折により、帝と彰子の距離は必然的に近づいたように見えたが、彰子は新たな中宮となって数年が経っても懐妊の兆しはなかった。焦燥に駆られた左大臣に、妖しの影が忍び寄る。 非凡な運命に絡め取られた少女の命運は。

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

横濱大正恋歌劇 嘘ツキかわせみ籠のなか

ささゆき細雪
歴史・時代
 大正六年初秋。公家華族の令嬢、立花翡翠(たちばなひすい)の日常は、横濱にある金糸雀(かなりあ)百貨店の歌劇を見たその日から、おおきく変わりはじめた。  婚約者との別れを惜しむ間もなく翡翠はつい先ほどまで見惚れていた歌姫、小鳥遊愛間音(たかなしあまね)に連れられ、選択を迫られる。  ――変人と呼ばれる百貨店御曹司の朝周ともちかとの結婚か、歌姫となりアマネを抜いて自由の身になるか――……?  大正浪漫煌く横濱で、歌姫(男)と純真無垢な華族令嬢が恋をする!?  初出ムーンラストノベルズ(R18)。こちらではR15へ加筆修正したものを公開します。

つわもの -長連龍-

夢酔藤山
歴史・時代
能登の戦国時代は遅くに訪れた。守護大名・畠山氏が最後まで踏み止まり、戦国大名を生まぬ独特の風土が、遅まきの戦乱に晒された。古くから能登に根を張る長一族にとって、この戦乱は幸でもあり不幸でもあった。 裏切り、また裏切り。 大国である越後上杉謙信が迫る。長続連は織田信長の可能性に早くから着目していた。出家させていた次男・孝恩寺宗顒に、急ぎ信長へ救援を求めるよう諭す。 それが、修羅となる孝恩寺宗顒の第一歩だった。

米国海軍日本語情報将校ドナルド・キーン

ジユウ・ヒロヲカ
青春
日本と米国による太平洋戦争が始まった。米国海軍は大急ぎで優秀な若者を集め、日本語を読解できる兵士の大量育成を開始する。後の日本文化研究・日本文学研究の世界的権威ドナルド・キーンも、その時アメリカ海軍日本語学校に志願して合格した19歳の若者だった。ドナルドの冒険が始まる。

蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。 よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。 一九四二年、三月二日。 スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。 雷艦長、その名は「工藤俊作」。 身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。 これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。 これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...