9 / 34
第一章 その日々は夢のように
親は子に似る、そんな言葉が良く似合う
しおりを挟む
とある国。
とある地域。
伸びる交差点の横断歩道……よりかは少し遠く、およそ五十メートルは離れているだろう。
起点となる横断歩道から私に向けて、ペンキを雑に塗ったような鮮やかな鮮血が、私の今いる位置からまっすぐと伸びている。
私のいる逆側……つまり、横断歩道の奥側。
ひっくり返ったトラックがある傍に、ひしゃげた五台程の車がまばらに散っている。それは、まだ乗れるものもあれば、まるでプレスで潰されたかのように原型を留めておらず、辛うじて車だと分かるものまで。
横たわって見ていた私は立つことが出来なかった。
きっと、全身を打ち付けて痛みで立ち上がれないのだろう。身体に力すら入らない。
自分の目だけで見るしかなかった。耳の鼓膜が破れていて、止まっているパトカーの音だって、巻き込まれて神経麻痺を起こした***ちゃんの奇声だって、周りの住民の叫び声や悲鳴だって、何も聞こえないのだから。
あぁ。
死ぬんだな。
直感的に、『俺』はそう思った。
***
「───っ!!!」
シモナは咄嗟に身を起こした。
あの時の圧迫感と苦しさが同時に襲ってきて、呼吸の速度が速い。
シモナの視界はあの時見えた残虐な光景では無く自分の部屋だった。
「しもな?」
弾かれるように声の方向を見る。
声の主はもちろん、キョトンとした顔でシモナを見つめるフードローブ……基、ガルアットだった。
「どうしたの? なんか、辛そうな顔、してるけど……」
「……あぁ、ちょっとな」
「……? しもな、なんで泣いてるの?」
「……え?」
泣く理由など、どこにもない。
だがシモナは溢れる涙を止められずにいた。
……あの夢は、彼女の『前世』の光景そのものだった。
ごく普通の日本に住んでいた、ごく普通の大学生だったのだ。友達もいて、家族もいて、とても幸せな生活を送っていた。
それが帰り道、大学のすぐ付近の交差点で彼女は信号無視をしてきた大型トラックに轢かれる。
そこは、小学生の時に亡くした母が轢かれた交差点と同じ所に位置する場所であった。
あの夢は、そんな彼女が一時的に意識が回復した時の光景だ。
あの後、前世のシモナは出血多量で死亡したのだ。
「あらシモナ? どうして泣いてるの……大丈夫? 怖い夢でも見たの?」
やがて母が起きて来て、未だ泣いているシモナの背中を優しく擦る。
生まれ変わりを経てフィンランド人になったシモナは、既に前世でシモヘイヘの存在は知っていた。
物心がついて、自分の名前がシモヘイヘだとわかった時は心底驚いた。なんて家系に生まれたんだろうと。
しかし反面、私なんかがいいのか? とも思っていた。
生まれ変わるなら、私よりももっと苦しい生活を送っていた前世を持つ人がいるはず。
……本当に、いいの?
何回も、母カトリーナに聞いた。
『大丈夫。シモナは、シモナのままでいいの』
母は母国のフィンランド語でそう言った。
その笑顔は、心做しか前世の母のように思えてしまい、重ね合わせて見ていると余計心苦しい気持ちになった。
「ごめん」
やがてしばらくして泣き止んだシモナは一言呟いた。
「……心寿の夢を見ていただけだよ」
前世での彼女の名は『月見里 心寿《やまなしみこと》』。
心も寿命も、長生きして欲しいという両親の願いから名づけられた名前だ。
父も母も大好きだった。
なのにどうして、あの時。
一階に続く階段を降りながら、シモナは考える。
前世のシモナは、幸せだっただろう。
それでは、今よりも幸せだったのか?
考える度に余計な記憶が邪魔をして遮ってくる。
それはシモナの記憶にない心寿の記憶だった。
心寿の傍にいるのは、紛れもない『鬼』。
女性の鬼だ。
……あぁ、そう言えば。
小学五年生の時、真夏の記憶が殆ど無い。
最後の一段を降りようとする足の動きが止まる。
どうして無いのだろうか。小さい時から、この理由は考えていた。
……しかし、行き着く答えはいつも『否定』だった。
思い出すことを否定してしまうのだ。
それでもあの時、心寿は何かを失い、何かを愛していたのだ。その何かと別れる際、心寿は酷く泣いていたのだ。
それだけは、記憶の隅に残っている。
「……お、はよう」
シモナが小さな時、毎日ドアの前でされていた時がある。
少々否定気味にドアを開ける。
予想通りだ。
父が出待ちしている。
「おうシモナ! おはよう!!」
ガバッと抱きついて来ようとする父の手を華麗に避けたシモナは「ふっ、お父さん……そう上手くいくと思うなよ……」と、父の後ろで一言呟いた。
「それは笑ったわシモナ、どこかのSF映画の主人公みたいな台詞だったぞ」
「うるせえ」
「シモナ、もう大丈夫なの?」
「ん、うん。大丈夫」
「お父さん悲しい」
「知るか」
椅子に座り、パンをトースターで焼き始める。
新聞を読んでいる父の傍に駆け寄り、父と新聞の間にひょっこり顔を出して一緒に新聞を読んでいた。
「シモナ、髪の毛また跳ねてるぞ?」
「ほんと? えっと……櫛、櫛……」
ポケットに常備していた櫛を取り出して、髪を梳かしながら再び新聞を読み始める。
フィンランドの新聞は、日本の新聞と比べて大分変わった内容がよく書かれている。
『連続放火事件発生 犯人は十八歳の少年』
……やっぱ日本と変わらないかも。
そう思いながら、焼けた事を知らせたトースターの元へとシモナは歩み寄り、朝ごはんを食べ始めた。
とある地域。
伸びる交差点の横断歩道……よりかは少し遠く、およそ五十メートルは離れているだろう。
起点となる横断歩道から私に向けて、ペンキを雑に塗ったような鮮やかな鮮血が、私の今いる位置からまっすぐと伸びている。
私のいる逆側……つまり、横断歩道の奥側。
ひっくり返ったトラックがある傍に、ひしゃげた五台程の車がまばらに散っている。それは、まだ乗れるものもあれば、まるでプレスで潰されたかのように原型を留めておらず、辛うじて車だと分かるものまで。
横たわって見ていた私は立つことが出来なかった。
きっと、全身を打ち付けて痛みで立ち上がれないのだろう。身体に力すら入らない。
自分の目だけで見るしかなかった。耳の鼓膜が破れていて、止まっているパトカーの音だって、巻き込まれて神経麻痺を起こした***ちゃんの奇声だって、周りの住民の叫び声や悲鳴だって、何も聞こえないのだから。
あぁ。
死ぬんだな。
直感的に、『俺』はそう思った。
***
「───っ!!!」
シモナは咄嗟に身を起こした。
あの時の圧迫感と苦しさが同時に襲ってきて、呼吸の速度が速い。
シモナの視界はあの時見えた残虐な光景では無く自分の部屋だった。
「しもな?」
弾かれるように声の方向を見る。
声の主はもちろん、キョトンとした顔でシモナを見つめるフードローブ……基、ガルアットだった。
「どうしたの? なんか、辛そうな顔、してるけど……」
「……あぁ、ちょっとな」
「……? しもな、なんで泣いてるの?」
「……え?」
泣く理由など、どこにもない。
だがシモナは溢れる涙を止められずにいた。
……あの夢は、彼女の『前世』の光景そのものだった。
ごく普通の日本に住んでいた、ごく普通の大学生だったのだ。友達もいて、家族もいて、とても幸せな生活を送っていた。
それが帰り道、大学のすぐ付近の交差点で彼女は信号無視をしてきた大型トラックに轢かれる。
そこは、小学生の時に亡くした母が轢かれた交差点と同じ所に位置する場所であった。
あの夢は、そんな彼女が一時的に意識が回復した時の光景だ。
あの後、前世のシモナは出血多量で死亡したのだ。
「あらシモナ? どうして泣いてるの……大丈夫? 怖い夢でも見たの?」
やがて母が起きて来て、未だ泣いているシモナの背中を優しく擦る。
生まれ変わりを経てフィンランド人になったシモナは、既に前世でシモヘイヘの存在は知っていた。
物心がついて、自分の名前がシモヘイヘだとわかった時は心底驚いた。なんて家系に生まれたんだろうと。
しかし反面、私なんかがいいのか? とも思っていた。
生まれ変わるなら、私よりももっと苦しい生活を送っていた前世を持つ人がいるはず。
……本当に、いいの?
何回も、母カトリーナに聞いた。
『大丈夫。シモナは、シモナのままでいいの』
母は母国のフィンランド語でそう言った。
その笑顔は、心做しか前世の母のように思えてしまい、重ね合わせて見ていると余計心苦しい気持ちになった。
「ごめん」
やがてしばらくして泣き止んだシモナは一言呟いた。
「……心寿の夢を見ていただけだよ」
前世での彼女の名は『月見里 心寿《やまなしみこと》』。
心も寿命も、長生きして欲しいという両親の願いから名づけられた名前だ。
父も母も大好きだった。
なのにどうして、あの時。
一階に続く階段を降りながら、シモナは考える。
前世のシモナは、幸せだっただろう。
それでは、今よりも幸せだったのか?
考える度に余計な記憶が邪魔をして遮ってくる。
それはシモナの記憶にない心寿の記憶だった。
心寿の傍にいるのは、紛れもない『鬼』。
女性の鬼だ。
……あぁ、そう言えば。
小学五年生の時、真夏の記憶が殆ど無い。
最後の一段を降りようとする足の動きが止まる。
どうして無いのだろうか。小さい時から、この理由は考えていた。
……しかし、行き着く答えはいつも『否定』だった。
思い出すことを否定してしまうのだ。
それでもあの時、心寿は何かを失い、何かを愛していたのだ。その何かと別れる際、心寿は酷く泣いていたのだ。
それだけは、記憶の隅に残っている。
「……お、はよう」
シモナが小さな時、毎日ドアの前でされていた時がある。
少々否定気味にドアを開ける。
予想通りだ。
父が出待ちしている。
「おうシモナ! おはよう!!」
ガバッと抱きついて来ようとする父の手を華麗に避けたシモナは「ふっ、お父さん……そう上手くいくと思うなよ……」と、父の後ろで一言呟いた。
「それは笑ったわシモナ、どこかのSF映画の主人公みたいな台詞だったぞ」
「うるせえ」
「シモナ、もう大丈夫なの?」
「ん、うん。大丈夫」
「お父さん悲しい」
「知るか」
椅子に座り、パンをトースターで焼き始める。
新聞を読んでいる父の傍に駆け寄り、父と新聞の間にひょっこり顔を出して一緒に新聞を読んでいた。
「シモナ、髪の毛また跳ねてるぞ?」
「ほんと? えっと……櫛、櫛……」
ポケットに常備していた櫛を取り出して、髪を梳かしながら再び新聞を読み始める。
フィンランドの新聞は、日本の新聞と比べて大分変わった内容がよく書かれている。
『連続放火事件発生 犯人は十八歳の少年』
……やっぱ日本と変わらないかも。
そう思いながら、焼けた事を知らせたトースターの元へとシモナは歩み寄り、朝ごはんを食べ始めた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる