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第一章 その日々は夢のように
ルトア
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彼の名は『ルトア』。
十四の時実の親に捨てられ、その年にシモナの家庭に養子として引き取られた。
シモナとしては双子の弟のような感覚であろう。
言うならばその目は"憎悪の塊"。
シモナと同じで普段から何も話さないし、人と目すら合わせない。
狩猟の為だけに人生をかけているような、まるで命懸けな人であった。
ただそれは目だけであって。
本来はとても心優しい人物であることは確かであった。
「…………シモナ、そいつなんだ?」
メンバーが解散してそれぞれ帰った後、興味を示したのかルトアは彼女に近づいて話しかけてきた。
そんなルトアとシモナは随分気が合うようで、彼の話し相手もシモナほどしか居ない、という現状にある。
「ガルアット。雪山で拾った」
「お前も無責任だなぁ………」
「何がだ?」
「そういうのは飼える環境にないと飼うことなんて難しいぞ?」
「だからといってお前はこんな極寒の中見捨てるとでも言うのか?」
「俺はそれに賛成だな」
「……そうか」
彼女は何も思わなかった。
そういう思考なのは知っているから。
この考え方が、彼の『いつも通り』の考え方だと思っているから。
「………だが、俺も捨てられた身だからな。こいつの気持ちはよく分かる」
程なくして彼はまた呟く。
ガルアットに近づき、彼はその頭を優しく撫でる。
「辛かったろうな。こいつも」
「……………だろうな」
意外であった。
てっきり追い出せとでも言うのかと思ったら、こんな優しく撫でるとはと。
「……追い出さないのか?」
「そうしたら俺もお前もこいつも悪者だ。余程のことがない限り、俺もそれはしない」
「……なら、いい」
「……なに、話してんの? というか、誰?」
「ん? あぁ………ルトア。同じくここのメンバーだよ。こいつも捨てることはしないとさ」
「るとあ!」
「……呼んだか?」
「ふふ、呼ばれてるぞ」
「笑うなよ…………」
「るとあ! るとあー!」
「…………なんだよ?」
「!?」
あまりの驚きようにシモナがざりっと後ろへ後退する。
それもそのはず、ルトアがあまりにもネイティブな発音で日本語を話したのだから。
本来フィンランドでも日本語を話せるフィンランド人はほとんど居ない。
だがルトアが話したのだ。日本語を。それもシモナの目の前で。
「どうしたんだよ?」
「お前日本語話せたのかよ……」
「そりゃあお前が昔から日本語話してたら覚えるわな」
「きしょい」
「それいうならお前じゃね」
「お互い様だろ?」
ふとカレンダーを見る。
今日は十二月二十三日。
そこから前の日付は全て×がついている。
その右隣、二十四の下には小さく「Jouluaatto(クリスマスイヴ)」と書かれているそのカレンダーを、暖房の薄明るい明かりがほのかに照らしている。
「…………明日クリスマスか」
「クリスマスだなぁ」
「くりすますー!」
「お前ほんとはフィンランド語分かるんじゃないのか?」
「それは言えてるかもしれない……こいつ色々と変な所あるし…………」
「えぇ…………」
困惑した表情を浮かべて呟いたルトアに対し「くりすますってなに?」とガルアットは疑問に満ちた声で彼女らに質問した。
「え? クリスマス…………んん……」
「説明しづらいよなぁ……」
「簡単に言えばプレゼント貰える日だよなぁ」と顔を合わせて二人は同時につぶやく。
「ぷれぜんとー?」
「ただで貰えるものだと理解しとけ」
「ほうほう………」
「シモナもさすがに明日は家に帰るだろ?」
「まぁ……うん……帰るかな…………」
正直言って帰りたくないけど、と日本語でぼそやいたのをガルアットは聞いていた。
「なんでー?」
「え?」
「なんで、かえりたくない?」
「こいつの家庭の事情ってやつだよガルアット。触れてやるなよ、いいな?」
頭を撫でてルトアは言った。
「わかった!」とニコニコしてされるがままのガルアットを、シモナはそのまま微笑んでみていた。
……その微笑みの裏には、きっと複雑なことが絡んでいるのだろう。
彼も極力触れないようにはしているし、ガルアットも触れないようにと心がけようとは思っているのだろう。
それ以上、彼女の家庭事情のことには口にすることは無かった。
「でもよシモナ、そいつどうするの?」
「それなんだよなぁ~……どうしようか本当に……」
「??」
「……お前、なんか能力とか持ってるのか?」
「のうりょくかぁ~…………いちおう、もってるのは、知ってる!!」
「持ってんのかよ」
「具体的には?」
「じゆうじざいに、へんげができる、のうりょく!」
「なんだそりゃ?」
「試しにやってみてくれ」
「あい!! しもなの、ろーぶになる!!」
すくりと、シモナの膝から立ち上がったガルアットが何かを唱える。
『変われ』
シモナには、そう聞こえた気がした。
ボフンッと、薄白い煙が辺りを包む。
「うわっ……?」
やがて煙が晴れていき、頭上に落ちてくる何かを彼女は受け止める。
彼女が今も羽織っている真っ白なフードローブだった。
「んん?」
「しもな!」
「うわっ上着が喋った!」
「いやこれガルアットだぞ?」
「んえ?」
ほら、と彼女はフードローブ…………になったガルアットをルトアに渡す。
「るとあだ!!」
「うわっほんとだ!!」
「引き気味に言うなよ……」
「人の事言えねぇぞシモナ」
「まぁ~…………これなら大丈夫だな…………」
「だいじょぶ?」
「完璧」
「ならおーけー!」
再びボフンッと煙を撒きながら元の姿に戻ったガルアットはニコーッと笑った。
「よかったなガルアット、家に帰れるぞ~」とガルアットをひょいーっと抱き上げてもふもふしている彼女はまた微笑む。
「そういえばクリスマスって、ガルアットの発音に少し似ているな」
「JouluaattoとGaluatだぞ? ガルアットは英語読みだし、似てるかー?」
「似てるだろ」
「にてるのー?」
ルトアもまた、彼女の微笑みを見ていたようだ。
「珍しい……………」と、一言呟いていた。
十四の時実の親に捨てられ、その年にシモナの家庭に養子として引き取られた。
シモナとしては双子の弟のような感覚であろう。
言うならばその目は"憎悪の塊"。
シモナと同じで普段から何も話さないし、人と目すら合わせない。
狩猟の為だけに人生をかけているような、まるで命懸けな人であった。
ただそれは目だけであって。
本来はとても心優しい人物であることは確かであった。
「…………シモナ、そいつなんだ?」
メンバーが解散してそれぞれ帰った後、興味を示したのかルトアは彼女に近づいて話しかけてきた。
そんなルトアとシモナは随分気が合うようで、彼の話し相手もシモナほどしか居ない、という現状にある。
「ガルアット。雪山で拾った」
「お前も無責任だなぁ………」
「何がだ?」
「そういうのは飼える環境にないと飼うことなんて難しいぞ?」
「だからといってお前はこんな極寒の中見捨てるとでも言うのか?」
「俺はそれに賛成だな」
「……そうか」
彼女は何も思わなかった。
そういう思考なのは知っているから。
この考え方が、彼の『いつも通り』の考え方だと思っているから。
「………だが、俺も捨てられた身だからな。こいつの気持ちはよく分かる」
程なくして彼はまた呟く。
ガルアットに近づき、彼はその頭を優しく撫でる。
「辛かったろうな。こいつも」
「……………だろうな」
意外であった。
てっきり追い出せとでも言うのかと思ったら、こんな優しく撫でるとはと。
「……追い出さないのか?」
「そうしたら俺もお前もこいつも悪者だ。余程のことがない限り、俺もそれはしない」
「……なら、いい」
「……なに、話してんの? というか、誰?」
「ん? あぁ………ルトア。同じくここのメンバーだよ。こいつも捨てることはしないとさ」
「るとあ!」
「……呼んだか?」
「ふふ、呼ばれてるぞ」
「笑うなよ…………」
「るとあ! るとあー!」
「…………なんだよ?」
「!?」
あまりの驚きようにシモナがざりっと後ろへ後退する。
それもそのはず、ルトアがあまりにもネイティブな発音で日本語を話したのだから。
本来フィンランドでも日本語を話せるフィンランド人はほとんど居ない。
だがルトアが話したのだ。日本語を。それもシモナの目の前で。
「どうしたんだよ?」
「お前日本語話せたのかよ……」
「そりゃあお前が昔から日本語話してたら覚えるわな」
「きしょい」
「それいうならお前じゃね」
「お互い様だろ?」
ふとカレンダーを見る。
今日は十二月二十三日。
そこから前の日付は全て×がついている。
その右隣、二十四の下には小さく「Jouluaatto(クリスマスイヴ)」と書かれているそのカレンダーを、暖房の薄明るい明かりがほのかに照らしている。
「…………明日クリスマスか」
「クリスマスだなぁ」
「くりすますー!」
「お前ほんとはフィンランド語分かるんじゃないのか?」
「それは言えてるかもしれない……こいつ色々と変な所あるし…………」
「えぇ…………」
困惑した表情を浮かべて呟いたルトアに対し「くりすますってなに?」とガルアットは疑問に満ちた声で彼女らに質問した。
「え? クリスマス…………んん……」
「説明しづらいよなぁ……」
「簡単に言えばプレゼント貰える日だよなぁ」と顔を合わせて二人は同時につぶやく。
「ぷれぜんとー?」
「ただで貰えるものだと理解しとけ」
「ほうほう………」
「シモナもさすがに明日は家に帰るだろ?」
「まぁ……うん……帰るかな…………」
正直言って帰りたくないけど、と日本語でぼそやいたのをガルアットは聞いていた。
「なんでー?」
「え?」
「なんで、かえりたくない?」
「こいつの家庭の事情ってやつだよガルアット。触れてやるなよ、いいな?」
頭を撫でてルトアは言った。
「わかった!」とニコニコしてされるがままのガルアットを、シモナはそのまま微笑んでみていた。
……その微笑みの裏には、きっと複雑なことが絡んでいるのだろう。
彼も極力触れないようにはしているし、ガルアットも触れないようにと心がけようとは思っているのだろう。
それ以上、彼女の家庭事情のことには口にすることは無かった。
「でもよシモナ、そいつどうするの?」
「それなんだよなぁ~……どうしようか本当に……」
「??」
「……お前、なんか能力とか持ってるのか?」
「のうりょくかぁ~…………いちおう、もってるのは、知ってる!!」
「持ってんのかよ」
「具体的には?」
「じゆうじざいに、へんげができる、のうりょく!」
「なんだそりゃ?」
「試しにやってみてくれ」
「あい!! しもなの、ろーぶになる!!」
すくりと、シモナの膝から立ち上がったガルアットが何かを唱える。
『変われ』
シモナには、そう聞こえた気がした。
ボフンッと、薄白い煙が辺りを包む。
「うわっ……?」
やがて煙が晴れていき、頭上に落ちてくる何かを彼女は受け止める。
彼女が今も羽織っている真っ白なフードローブだった。
「んん?」
「しもな!」
「うわっ上着が喋った!」
「いやこれガルアットだぞ?」
「んえ?」
ほら、と彼女はフードローブ…………になったガルアットをルトアに渡す。
「るとあだ!!」
「うわっほんとだ!!」
「引き気味に言うなよ……」
「人の事言えねぇぞシモナ」
「まぁ~…………これなら大丈夫だな…………」
「だいじょぶ?」
「完璧」
「ならおーけー!」
再びボフンッと煙を撒きながら元の姿に戻ったガルアットはニコーッと笑った。
「よかったなガルアット、家に帰れるぞ~」とガルアットをひょいーっと抱き上げてもふもふしている彼女はまた微笑む。
「そういえばクリスマスって、ガルアットの発音に少し似ているな」
「JouluaattoとGaluatだぞ? ガルアットは英語読みだし、似てるかー?」
「似てるだろ」
「にてるのー?」
ルトアもまた、彼女の微笑みを見ていたようだ。
「珍しい……………」と、一言呟いていた。
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